『ものがたり西洋音楽史』を読む 近藤譲さんトークイベント「耳の考古学 第2回」
岩波ジュニア新書創刊40年を記念して今年8月にはじまった、講座「ジュニア新書を読む」。その記念すべき第1回の講師は、『ものがたり西洋音楽史』の著者・近藤譲さんでした。第1回の様子はこちら。
参加者のみなさんの熱烈なアンコール!にお応えし、講座としては第3回、近藤譲さんには2回目のご登壇をお願いして、今回はバロック音楽を中心にお話いただきました。
会場で打ち合わせ中の近藤さん。いつもとてもおしゃれです。
近藤さんのご著書『ものがたり西洋音楽史』の姉妹版でもある、徳丸吉彦さんの岩波ジュニア新書『ものがたり日本音楽史』がもうすぐ刊行されることから、お話は始まりました。
じつは約3年間にわたり、近藤さんと徳丸さんは毎月のように小社に集い、お互いの原稿を読んで確認し合いながらご執筆をすすめてくださっていたのです。お二人の広い見識や深い知識の結晶として、西洋音楽史と日本音楽史の本を刊行できるのは、ほんとうに嬉しい限りです。
「ぜひ、両方読んでみてください」と近藤さん。『ものがたり日本音楽史』の刊行が楽しみです。
さて、お話は本題に入ります。
前回もお話くださったことですが、音楽は時代によって様々に変化します。一般的な通史は現代からひとつながりで見ることが多く、そうするとひとつの視点で全体を見ることになりがちです。
しかし、それぞれの時代にはそれぞれの価値観があります。いわば、それぞれ違う文明の音楽と思って聴いてみることが、異文化理解につながる。異文化理解に必要なのは「自分が変わる」こと。「いまここで生きている自分の文化に別の視点を持つことが、異文化理解につながる」と近藤さんは語ります。
そうした視点から見ると、前回も紹介されたグレゴリオ聖歌からルネサンス音楽への移行は、前者が「言葉をどう荘厳に飾りつけて神に届けるか」という「旋律は言葉の乗り物」であったのに対し、後者は「もう少し音楽を抽象的な建築物としてとらえる」つまり「大切な言葉をおさめるための箱」であったと考えられます。
そして調和を目指したルネサンス音楽もその後期には「音楽が箱であるなら、神への言葉ではない他のものも入れられるはず」と変化していき、当初は歌詞と旋律には関係がなかったルネサンス音楽もやがて、悲しい歌詞には重い旋律、天に昇る歌詞は音も上がっていくなど、歌詞の意味を反映した音楽に変化してゆくのです。
今日のテーマであるバロック音楽では、それがさらに「音楽によって感情を表現しよう」とする傾向が強くなってゆき、16世紀末から17世紀はじめにかけて、それまでのルネサンス音楽のソプラノ、アルト、テノール、バスの4つのパートが対等なのは人間の感情を表すのにふさわしくない、との考えから「1本の旋律と伴奏」といった形の生まれ、それがオペラへとつながります。
つまり、バロックはいろいろな意味で「劇的」です。演劇的であり、ドラマティック。調和よりも対比。それが、「バロック(ゆがんだ真珠の意味)」という名の由来になったという説もあるそうです。
そしてバロックは、器楽が盛んになってゆく礎を築いた時代でもあります。ストラディヴァリウスなど名器と言われる楽器がさかんにつくられた時代でもありました。
ところで、この時代の音楽は、現代の私たちが聴くと「歌と低音伴奏」の音楽に聞こえます。しかし、当時の人たちの耳には「楽器と声の対比、高い音と低い音のコントラスト」と受け取られ、劇的な様式、ドラマティックな新しいスタイルとして聞こえていたはずだというのです。
近藤さんが『ものがたり西洋音楽史』を執筆されるなかで一番苦労したのが、このバロックの時代であったそうです。多様性のある時代で、ひとつにくくるのが難しく、その混沌のなかで、バロックの最後期にはバッハのような人が生まれてくることになるのです。
このあとの質疑応答にも、熱心なご質問が多く寄せられました。近藤さんも始終にこやかにお応えくださり、とても素敵な会になりました。
これはもちろん、3回目、4回目の登壇も……!? ジュニア新書の連続講座ですが、連続講座内での近藤さん連続講座になりそうです。今後の予定が決まりましたら、また岩波書店のウェブサイトやツイッターなどで告知いたします。お楽しみに!!
なお、来年の最初の講座は、『世界の神話』の沖田瑞穂さんの登壇を予定しています。こちらも、ふるってご参加ください。
【本日の参考楽曲】
ジョスカン・デ・プレ Josquin des Prés (c1440-1521)
《アヴェ・マリア》(1476以前)
ハインリッヒ・イザーク Heinrich Issac (1450-1519)
《さらばインスブルック》(1485?)
ジュリオ・カッチーニ Giulio Caccini (c1550-1618)
「アマリリ麗し」、《新音楽》(1601出版)
ジォヴァンニ・ガブリエリ Giovanni Gabrieli (c1555-1611)
《4声部のカンツォン I》(1608)、《7声部のカンツォン VII》(1615)
カルロ・ジェズアルド Carlo Gesualdo (1566-1613)
「悲しみに我は死す」、《マドリガーレ集》第6巻(1611出版)
クラウディオ・モンテヴェルディ Claudio Monteverdi (1567-1643)
《オルフェオ》(1607)
《聖母マリアの晩課》(1610)
ビアージョ・マリーニBiagio Marini (1597-1665)
「ラ・モニカによるソナタ、「こだま」
《ソナタ、シンフォニア、カンツォーナ集》Op. 8 (1629出版)