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岩波ジュニア新書『世界の神話 躍動する女神たち』刊行記念トークイベント「世界のヤバい女神たち」

沖田瑞穂さん×はらだ有彩さん 対談「世界のヤバい女神たち」@MARUZEN&ジュンク堂書店梅田店

 神話学者として活躍する沖田瑞穂さんの『世界の神話 躍動する女神たち』の刊行を記念して、『日本のヤバい女の子』(角川文庫)の著者・はらだ有彩さんをお招きし、クロストークを展開しました。気鋭の著者おふたりによる楽しく深いおしゃべりから、ここではインド神話のドゥルガーとカーリーについてご紹介します。


★沖田瑞穂(おきた・みずほ)
1977年、兵庫県生まれ。神話学者。学習院大学大学院人文科学研究科日本語日本文学専攻博士後期課程修了。博士(日本語日本文学)。専門はインド神話、比較神話。著書に岩波ジュニア新書『世界の神話』、岩波少年文庫『インド神話』など多数。

★はらだ有彩(はらだ・ありさ)
関西出身。テキスト、テキスタイル、イラストレーションを組み合わせて手掛ける「テキストレーター」。2018年初の著書『日本のヤバい女の子』を刊行、後に『日本のヤバい女の子 覚醒編』として文庫化。そのほかの著書に『日本のヤバい女の子 抵抗編』『ダメじゃないんじゃないんじゃない』など。

まずは自己紹介から

沖田:私は神話学の研究をしています。じつは神話学者は、今や絶滅危惧種。「私が死んだら誰がいる?」というレアさです。専門はインド神話ですが、比較しないとわからないことがたくさんあるので、ギリシャやゲルマン、ケルト、日本など、いろいろなところの神話を研究しています。

はらだ:私は研究者ではなく、芸術大学を卒業したフェミニストです。フェミニズムの観点から気になった古典や神話を読み解く、『日本のヤバい女の子』という本を出しました。
じつは前から沖田さんのファンで、ご著書の『怖い女』を読んで、勝手に推していました。

沖田:はらださんの『日本のヤバい女の子』2冊を私も拝読しました。私は神話に学問的意味づけをしてきましたが、はらださんは私が考えられる先のこと、現代の神話の意味も考えられていて、それが頼もしく嬉しく思いました。じゃんっじゃんやっていただきたいです(笑)。

闘う女神、ドゥルガーとカーリー

沖田:インド神話では、神と悪魔が常に争っています。マヒシャという悪魔の王が神々を打ち負かした時に、シヴァ神とヴィシュヌ神と他の神々の発した熱光から、女神ドゥルガーが誕生しました。ドゥルガーは悪魔と戦って、コテンパンにやっちゃうんです。ボコボコに。

ドゥルガー、かっこいいな!と。ドゥルガーは美しい女神で、別の悪魔と戦ったときには、悪魔が「あの女神を嫁についれてこい」と部下に命じたんです。するとドゥルガーが「戦って私を負かすことができたら、嫁になりましょう」と言って、部下たちもろとも悪魔を滅ぼしてしまう。かっこよさを感じるんです。フェミニズム的にどうですか?

ドゥルガー
ドゥルガー(出典

はらだ: 「私と結婚したければ、たおしてみいや」と。このエピソードでは、結婚騒動の発端となった、 悪魔の部下の態度が気になっていて。悪魔の部下が「めっちゃいい女いるっすよ、あの女神、めとっちゃってくださいっす!」と報告して、それを聞いたボスが、「じゃあ、めとってやろう、連れてこい」と言って、この戦いが起きるんですよね。

悪魔の部下がドゥルガーの美しさを勝手に「発見」して、勝手に外見をベースに価値を見出してくるところに、ムカついていました。

もしも自分が望まない結婚を強いられていたり、結婚相手を自分で選べなかったり、外見を見て好き勝手にジャッジされる状況に置かれていたとしたら、このドゥルガーのリアクションに留飲が下がるというか、救われるというか、スッキリするだろうなと思います。

沖田:インドの叙事詩によく出てくる、自分で夫を選ぶ王女がする儀式があります。それが現実に行われていたかは不明ですが、叙事詩では、女主人公が王子や王を集めて自由に夫を選ぶパターンと、弓の競技をクリアすると夫の資格を得るパターンがあります。

現実には抑圧されていた女性たちも神話のなかでは選ぶことができた、という話としてみることもできますね。

【イベントレポート】沖田瑞穂さん×はらだ有彩さん 対談「世界のヤバい女神たち」@MARUZEN&ジュンク堂書店梅田店 01

はらだ:「こうだったらどんなにいいだろう」という気持ち。神話が形成され語り残される背景は諸説あると思いますが、ドゥルガーの話が刺さった人が多いから、今も語られている…… というケースがあるとすれば、その人はどんな気持ちだったのかに思いを馳せてしまいます。

沖田:ドゥルガーが悪魔と戦っているとき、ドゥルガーの額がぱっくり割れて、ぬっとあらわれたのがカーリーです。『世界の神話 躍動する女神たち』にも図版を載せていますが、おそろしい姿をしていて、首を連ねた首飾りをして、悪魔の頭を手に持ち、夫のシヴァ神を踏んづけています。

後出しでドゥルガーもカーリーもシヴァ神の妻とされましたが、2人とも、もとは独立した女神です。カーリーはドゥルガーを助けて戦います。カーリーの描写は、怖くて醜い。ドゥルガーは、美しくて強い。

カーリー
カーリー

はらだ:ドゥルガー一人(一柱)でもバリバリ強いのに、なぜわざわざ怒りからカーリーが生まれるのか? なぜ異様な姿だったのか? 気になりました。

沖田:たぶん、カーリーという女神がいて、あるときドゥルガーと関連付けたいと思った人がインドのどこかにいて、「分身としてあらわれた」という説明がつくられたんじゃないかと思います。後付けで。

はらだ:カーリーが、ドゥルガーの額からぬっと出てくるのもいいですね。

沖田:ギリシャのアテナも、ゼウスの割られた額からうまれたという話もあって、「額は知恵のあるところ」ということもあると思います。

はらだ:美しい女神としてドゥルガーが見いだされるお話しがあって、その一方で、醜いとされる女神カーリーがドゥルガーから出てきたというところに、自分の在り方を託した人がいたかもしれないと、私は勝手に想像しています。

ドゥルガーと悪魔の戦いと、カーリー出現のエピソードは、時間軸が直接つながっているわけではなくても、美しい女神として結婚を強いられそうになる不条理に対して、そうじゃないもの、美しくないもの、相手が評価しそうにないものを見せつけるところに。「この醜いとされる一面も、自分の分身、自分の一部だが!? これも私だが!?」みたいな。

それから、「ぬっと出てくる」というのがやっぱりいいですよね。いきなり当然のように「おまえの顔を気に入ったから、結婚してやろう」と言われたら 、たとえ一人で 相手をラクに倒せる力を持っていたとしても、普通に気分が悪い。そういう怒りを持っている存在であるドゥルガーの額からカーリーが出てくる。

自分だったら、「失礼なことを言われているのに、私が間違っているのか?」って不安になった時に、額から「怒っていい」と改めて思える味方が出てくるのっていいな、心強いなと。

沖田:そうですね、今のようなはらださんの解釈、スカっとしたところがあって、すっごく好きです!

はらだ:スカッとする、という心の動きに注目したいです。スカっとするってことは、モヤモヤしてるってことですもんね。ドゥルガーが結婚を強要されるエピソードに戻ると、「発見」に対するカウンターパンチであることもいいなあと思いました。

たとえば……、アンドレ・ブルトン(フランスの文学者)がフランスからメキシコに来たときに、フリーダ・カーロを「発見」するんです。メキシコというフランスから遠く離れた土地に、自分たちの考えたシュルレアリズムに近しいことをやっている主婦がいる!みたいな。それでフリーダに、シュルレアリズムごと嫌われるという……。でもブルトンが来る前からフリーダは「そう」だったんです。だから「発見」というのが、私は嫌いなのですが……、自分を勝手に「発見」した者に対して、その発見に価値がないことを知らしめているのがいい。

そういえばカーリーは、悪魔の部下を殺して相手の名前を奪っていましたよね?

沖田:カーリーはチャンダとムンダという悪魔の部下を殺して、「チャームンダー」という名をドゥルガーから授けられました。

はらだ:自分が誰かにとって都合のいい要素で「発見」されることは、自分の都合で生きられない、相手の都合でのみ生かされることに近しいと思います。そんなドゥルガーから出現したカーリーが、敵対する相手の名前を授けられて名乗る。相手の名前という、 「その人をその人たらしめる要素」を奪い自分のものにしていることが、心強いと思う人もいるのではないかなあと。

沖田:名前をとる、ってそういう解釈ができるんですね!


※※※

 このあとのお話は、日本の天照大神、ギリシャ神話のヘラ、そしてライトノベルの異世界転生ものへと広がり、あっという間の1時間半でした。

【イベントレポート】沖田瑞穂さん×はらだ有彩さん 対談「世界のヤバい女神たち」@MARUZEN&ジュンク堂書店梅田店 02

 すっかり意気投合されたおふたり、それぞれのご著書で同じ神話を考察しておられるところもあるので、読み比べてみるのもきっと楽しいと思います。

 

【関連書籍のご案内】 

岩波ジュニア新書『世界の神話 躍動する女神たち』
世界の神話
躍動する女神たち
(岩波ジュニア新書)
岩波ジュニア新書『世界の神話』
世界の神話
(岩波ジュニア新書)

 

 

 ※※※

今回イベントを主催くださった丸善・ジュンク堂書店では、さまざまなイベントを行っています。ぜひチェックしてみてください。
https://online.maruzenjunkudo.co.jp/

 

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