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『図書』2023年3月号 目次 【巻頭エッセイ】加藤聖文「満蒙開拓団の歴史から「国策」を考える」

◇目次◇
シェフチェンコの《遺言》について……藤井悦子
無茶苦茶……柳 広司
ひかりの中へ……小澤征良
脳科学者がイヌを飼ったら……明和政子
シベリアのパリでの邂逅……畑 浩一郎
おれたちの伝承館……中筋 純
HSPブームとその功罪……飯村周平
昭和は遠くなりにけり……近藤ようこ
ダンスも孤独もない世界……ブレイディみかこ
エンデさんのこと……堀内美江
伊藤博文の独断専行でできた工部美術学校……新関公子
ステラーカイギュウの思い出……川端裕人
フランス革命史とG・ルフェーヴル……近藤和彦
古活字版……佐々木 孝浩
こぼればなし
(表紙=杉本博司)
 
◇読む人・書く人・作る人◇
満蒙開拓団の歴史から「国策」を考える
加藤聖文
 

 昨夏、岸田文雄首相は原発再稼働を決めた。ここで原発の是非を問うつもりはないが、相変わらずこの国は一度決めた国策を止めることはおろか転換することもできない。大日本帝国でも日本国でも国策をめぐる本質は変わっていないのだ。

 七八年前に破綻した満蒙開拓団を巡る歴史は、国策がどのような背景で生まれ、どのように変質し、そして悲劇の大きさに反比例してなぜ責任の所在が曖昧になるのか、その本質を見事に表している(拙著『満蒙開拓団』岩波現代文庫参照)

 国策は一部の権力者の悪意や利害だけで決まるものではない。むしろ現状に対して危機感を抱くやる気のある者たちの「善意」から生まれるものであり、それが故に動機と結果のギャップが大きければ大きいほど、結果を直視できなくなり、評価を狂わせてしまう。

 戦前の日本は農村社会を基盤として世界の「一等国」となった。しかし、その農村は近代以降の資本主義経済拡大の影響を受けて、内包する矛盾は深刻なものとなっていった。根源的には地主制度を要因とするこの矛盾に、一部の熱意あふれる官僚や学者、農本主義者らが正面から向き合い、格闘するなかで、彼らなりの回答を見つけ出した結果が、満洲へ移民を送り出すという国策だった。

 一見すると一石二鳥にも三鳥にもなるこの国策は、誰も反対する余地のない「名案」だった。しかし、結末はあまりにも悲劇的だった。満蒙開拓団の歴史はまさに国策を考える上で貴重な教訓を与えてくれる。 

(かとう きよふみ・日本近現代史)

 
◇こぼればなし◇

〇 前回の卯年は二〇一一年。東日本大震災と福島第一原発事故の年から干支が一巡しました。東京電力の旧経営陣が業務上過失致死傷の罪で強制起訴された裁判は、二審の東京高裁判決も一審に続き三人全員が無罪に(一月一八日)

〇 この震災の後、今も避難先での暮らしを余儀なくされている方は、昨年一一月一日現在で少なくとも約三万一〇〇〇人おられ、所在は全国四七都道府県、八七五の市区町村にわたるということです。自県外への避難者数は、岩手県から五九三人、宮城県から一三七四人、福島県から二万一三九二人とされます(以上、復興庁二〇二二年一二月一三日公表)

〇 「復興とは何だったのか」「被災地の現状はどうなっているのか」に応える書籍の一冊が、昨夏に刊行した『復興を生きる──東日本大震災 被災地からの声(河北新報社編集局編)です。東日本大震災一〇年報道として、地元紙が総力を結集した連載から編まれました。ぜひ、ご一読をいただければと思います。

〇 さて、大震災直後の三月一七日。ある辞典の刊行の可能性につき、編者の先生方と小社辞典編集部とで最初の話し合いがもたれました。コロナ禍の困難な時期を経て、昨年一〇月に刊行をみた『中国語学辞典(日本中国語学会編)がそれです(同辞典「序」より)。「甲骨文から現代語まで」、学会を挙げて編纂された約半世紀ぶりの中国語学に関する総合的な辞典として、さっそく刷を重ねています。

〇 国内と世界の最新の研究成果を示す本辞典は、文法・音韻・語彙・文字・古代文献・方言・言語処理・言語教育・社会言語学等の分野に広がりをもつ、用語・事項・書名・出土資料等の約一一〇〇項目を収録。中国語の研究者・教育者はもちろん、言語学、日本語学、中国の文学や歴史をはじめ、隣接する諸分野の研究にも役立ち、外国の研究者や学生にも活用していただける辞典です。

〇 項目排列は五十音順ですが、巻頭には「分野別項目一覧」があり、関連項目をたどって読み進むこともできます。中国語を学んだことのある編集者は、解説文を読んでいて「なるほど、言われてみればその通りだ」、「この理屈を覚えれば、うまく話せそう」といった場面が度々あったとか。専門家だけでなく、学習者にとっても強い味方になることを実感しているようです。

〇 優美な装幀にもふれておきましょう。函に緑の枠線をあしらい、帯の色は花をイメージした桃色。そして函にはエンボス加工で鳥の足跡が。伝説の人物であるそうけつが鳥の足跡を見て漢字を考案したとの故事が知られますが、日本の漢学の歴史との関連では「かんがくいんの雀はもうぎゅうを囀る」という言葉もあります。製作担当によると、桂林や、杜甫の絶句等から連想し、全体として美しく緑深い景色に花が咲き、鳥がいる情景を表しているということです。

〇 「新書大賞2023」に、國分功一郎さんの『スピノザ(第六位)、筒井清輝さんの『人権と国家(第九位)がランクインしました。

 


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