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『図書』2023年5月号 目次 【巻頭エッセイ】木村榮一「本との出会い」

◇目次◇
手塚治虫と宝塚 幻想の相乗効果……川崎賢子
古代ローマの出版事情……國方栄二
『沖縄レポート』(上)……柳広司
もしも夜空が明るかったら……谷口義明
大学入試って何を試したいの?(上)……広瀬巌
スペインから見た夢……清水憲男
謎の散りばめ方……ブレイディみかこ
手術しました!! ①……近藤ようこ
レッテルXの話……丘沢静也
フェノロサの『美術真説』について……新関公子
風変わりな孤独鳥、ソリテア……川端裕人
『パースト&プレズント』の歴史家たち……近藤和彦
商業出版の隆盛……佐々木孝浩
こぼればなし
(表紙=杉本博司)
 
◇読む人・書く人・作る人◇
本との出会い
木村榮一
 

 今になって思えば、深い感銘、影響を受けた本との出会いは偶然によるところが大きかったような気がしてならない。

 中学生の時、兄の本棚でたまたまドストエフスキーの『罪と罰』を見つけ、てっきりシャーロック・ホームズかアルセーヌ・ルパンのような人物が、事件の謎を解明するのだろうと思って読みだしたが、読み終えて頭に痛撃をくらったようなショックを受け、以後外国文学にはまってしまった。

 気がつくと大学で教鞭をとっていたが、三十歳くらいの時に、いま読んでいるスペイン文学には自分の探し求めているものがないように思われて悶々としていた。そんな矢先、勤め先の大学にひとりのメキシコ人が迷い込んできて、その彼がぼくに一冊の本を贈呈してくれた。それがアルゼンチンの作家フリオ・コルタサルの『石蹴り遊び』だった。実験的な手法を縦横に駆使した断章形式のこの作品にたちまち魅了され、何度も読み返した。ちょうど、ラテンアメリカ文学〈ブーム〉の最盛期で、アルゼンチンのホルヘ・ルイス・ボルヘスをはじめ数多くの作家が次々に作品を発表し、世界中から熱い視線を向けられている時代だったが、中でも先に挙げたコルタサルと、現代においてラテンアメリカの歴史と現実をもとに、独自の神話的世界を構築したガルシア=マルケスの作品に魅せられた。

 今回、そのガルシア=マルケスの詳細をきわめた伝記を訳す機会を与えられ、彼の知られざる人間的な側面に触れることができたのは、ぼくにとって僥倖というほかはない。

(きむら えいいち・ラテンアメリカ文学翻訳)

 
◇こぼればなし◇

〇 大江健三郎さんが三月にお亡くなりになりました。憧れの作家だった大江さんとは、一度だけ、仕事上のご縁もいただきました。十数年前、雑誌の対談企画の編集担当としてです。

〇そこからさらに遡ること十数年の一九九〇年春。高校二年の終わりでした。小社の「同時代ライブラリー」創刊に合わせたイベントだったか、朗読会に駆けつけたこともあります。大岡信さんや谷川俊太郎さんと並び、青山の銕仙会能楽堂の舞台でお話しされた大江さんの、いたずらっぽい目と大きな耳、ユーモア溢れる語り口が、忘れられません。

〇同時代ライブラリーの第一番は、大江さんの長篇小説『M/Tと森のフシギの物語』。『大江健三郎自選短篇』『キルプの軍団』とともに、いまは岩波文庫で読むことができます。

〇訃報に接して小誌連載の大江さんの一頁エッセイ「親密な手紙」を読み返し、胸を衝かれる一節がありました。

〇「福島原発の事故以後、すでにこれまでとは違った海、違った大地に、私らは生きている。老年の自分らはそれとして、新しい世代は……と考える時、政府と原発にという声を発せずにはいられない。そこにナンボナンデモという幼い響きを自覚しもする」(二〇一一年六月号、傍点原文)。「ナンボナンデモ!」とは、大江さんが子どもの頃、お母様が泣きながらお祖母様へ、原爆投下後の広島の光景(「広島駅から見ると、建物は何もなかった」)を話した際に、お祖母様が返した一言だそうです。

〇東大作さんの岩波新書『ウクライナ戦争をどう終わらせるか(二月刊)を読みながら、既に一年以上続いている戦争は、世界が置かれている状況は、大江さんの目にどのように映っていたのだろうか、と重い気持ちになりました。

〇東さんは、「世界各地の軍事紛争の和平調停や平和構築を調査し、実務にも携」わってきたエキスパートです。今回の新書では、戦争をどうしたら終わらせられるのかという「人類の存亡にかかわるこのテーマ」に正面から取り組んでおられます(本書「おわりに」)

〇ウクライナ難民の支援をめぐる本書の問題提起で共感したのは、食料や生活必需品だけでなく、心の傷(トラウマ)を癒すための支援も欠かせないという主張です。日本が率先して、専門的な調査に基づく支援を行ない、その内容を英語で発信することは、「他の紛争で精神的後遺症に苦しむ人々や、難民の支援にもつながっていく可能性を秘めている」と(第6章「日本のウクライナ難民支援」)

〇大江さんにとって二度目の「ナンボナンデモ!」は、「敗戦すぐからじつに長い時をへだてての、この言葉との再会」でした。大江さんの胸奥から湧き上がってきたこの言葉を受け継ぎ、「新しい戦前」とも言われる時代、出版の仕事に微力を尽くしていきたいと考えます。

〇第二八回小西財団日仏翻訳文学賞に、受賞者として三野博司さん、受賞作品としてアルベール・カミュ『ペスト(岩波文庫)が決まりました。

 


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