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『図書』2024年10月号 目次 【巻頭エッセイ】和田晴吾「花開いた独自性豊かな古墳文化」

◇目次◇
花開いた独自性豊かな古墳文化……和田晴吾
大河ドラマ『光る君へ』雑感……高木和子
『源氏物語』から『更級日記』へ……加賀美幸子
よみがえる『源氏物語』の色……吉岡更紗
五本の垂直線……マリヌッチ・ローレンヅォ
プルーストの投機、隠喩、非決定性……赤木昭夫
武田流首実検……フレデリック・クレインス
祈りの踊り……ギリヤーク尼ヶ崎
一箇半箇の弓聖たち……桐谷美香
笙の形而上学……ファビオ・ランベッリ
藤原定家自筆原本『顕注密勘』の出現……小林一彦
冷たい乙女たち……中村佑子
婆々友……川端知嘉子
「イギリスよ、驕るなかれ」……前沢浩子
シンドバード航海記の起源を追って……西尾哲夫
湯島麟祥院「大江君基業碑」……金文京
こぼればなし

一〇月の新刊案内

(表紙=加藤静允) 
 
 
◇読む人・書く人・作る人◇
花開いた独自性豊かな古墳文化
和田晴吾
 

 古墳を覆う緑の下には、当時の人びとの理想の世界(他界)が眠っていると考えだしたのは二〇年ほど前からである。

 二〇一九年、巨大な前方後円墳と、多様な形と大きさの古墳からなる百舌鳥・古市古墳群が世界遺産になったが、委員の一人として推薦を進めていた時には、古墳の第一義である墓の宗教的意義を十分説明しきれなかった。古墳は、その表面に埴輪などで模擬的な他界が表現された、世界でも希有な造形物であることを強調して推薦できたはずなのに。もどかしさが残った。

 古墳の示す他界観や、葬送儀礼の実態、墳丘表面に表現された世界の意味、儀礼での役割などについて検討すべき課題が多く残った。それを語るには古代中国の葬制との比較が不可欠だと思われた。しかし、日本の古墳の研究者にとって、朝鮮半島諸国(高句麗・百済・新羅・伽耶諸国)のそれらをも考慮しつつ、時空に大きな隔たりがある古代中国の葬制との比較を行うには大きな勇気が必要だった。たいした装備もなしに深い森に飛びこむようなものである。しかし、先達の導きと、何回かの中国、韓国、北朝鮮への旅が、その恐れを和らげてくれた。

 六月に岩波新書から刊行した『古墳と埴輪』では、日中の葬制の関係について、どうにか粗い素描はできたが、そのことで改めて中国葬制の浸透の深さと、それを受け入れ、政治体制の変化に応じて、独自性のある葬制を作りあげた当時の人びとの想像力の豊かさを知った。文化は、他との交流を通じ豊穣なものになる。中国文化も同様で、周辺文化からのさまざまな影響や地域色が見てとれる。

(わだ せいご・考古学)

 
◇こぼればなし◇

〇 七月以降、雷雨が、とくに夕方になると頻繁に発生しているようです。日本経済新聞によると、たとえば東京では、七月の落雷は過去七年の平均八・五倍となる三万回超に達したとか。「「雷銀座」と呼ばれる北関東の内陸部より海に近い埼玉以南で頻発する傾向が浮かぶ。専門家は平年より高い沿岸の海水温の影響を指摘する」(同紙八月一九日付)。雷を伴うゲリラ豪雨が各地で頻発。八月には、非常に強い勢力をもつ台風が連続して通過し、広範囲に被害をもたらしました。

〇 八月八日、宮崎県東部沖の日向灘を震源とする最大震度六弱の地震が起き、気象庁は「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」を初めて発表。今年元旦に起きた能登地震のために、石川県で避難を余儀なくされている方々がまだ八〇〇人以上いらっしゃるさなかでのことです(内閣府「防災情報のページ」八月二一日現在)。南海トラフ地震が発生すると何が起こるのか。どう備えたらよいか。地震学・火山学の第一人者で、地震予知連絡会会長を務める山岡耕春さんの岩波新書『南海トラフ地震』には、そのことが分かりやすくまとめられています。

〇 急激に進む気候変動と、さらなる巨大地震に対して危機感が募るばかりです。地震と津波、火山噴火、豪雨や洪水……。この列島に生きる人びとの歴史は、度重なる自然災害と、そこからの復興とともに築かれてきました。ここでは、気候や災害について歴史的な視座からアプローチした小社刊の最近の書籍をいくつかご紹介できればと思います。

〇 まず、今年三月に逝去された五百旗頭真さんの『大災害の時代──三大震災から考える』(岩波現代文庫)。日本近現代の三大震災(関東大震災・阪神淡路大震災・東日本大震災)を比較検証し、今後の震災への備えを論じます。今年一月刊の「シリーズ 古代史をひらくⅡ」の一冊『天変地異と病──災害とどう向き合ったのか』は、古気候学など自然科学の成果も参照。災害や環境というテーマに関する古代史研究からの問題提起です。川幡穂高さんの『気候変動と「日本人」20万年史』は、人類史的なスケールでこの問題を考えたいときに恰好のガイドとなることでしょう。

〇 大河ドラマ「光る君へ」が佳境を迎え、目を離せませんが、「源氏物語」が成立した数十年後には、南海トラフ地震との推定もある巨大地震が発生しています(一〇九六年の永長地震、一〇九九年の康和地震)。ちょうど疫病の蔓延も深刻だった頃です。本号では、そのような時代に生きる貴族の日常とはどのようなものだったのか、『源氏物語』の世界を彩る色や香りなど、様々な側面から迫るエッセイをお届けしました。

〇 「匂い」と「雰囲気」の美学的探究者であるマリヌッチ・ローレンヅォさんの印象的な言葉をお借りすれば、その物語世界は私たちにとって「特別な時間として現れる」ものであり、「身に染みる時間、名残や香りのように味わうことが出来、潮のように現れては消える時間」そのものなのでしょう。


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