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『図書』2023年4月号 目次 【巻頭エッセイ】清水 展「「越境」して見る、考える」

◇目次◇
ロジャー・ケイスメントの見果てぬ夢……野谷文昭
祇園甲部歌舞練場新装再開場によせて……井上八千代
『鬼滅の刃』と柳田国男……松居竜五
二人の明治期日本人のアフリカ……永原陽子
午前四時の試写室(前編)……川内有緒
はじまりの京都文学レジデンシー……吉田恭子
造本の使命……新島龍彦
ラテンアメリカの冷戦と文学……久野量一
父母の書棚から……谷川俊太郎
レースはいかが?……近藤ようこ
灰色の男の葉巻のけむり……吉田篤弘
ウィーン万博に始まったデザインの国家指導……新関公子
ラッコとコンブと大型カイギュウ……川端裕人
バーリンとドイチャ、論敵と友人……近藤和彦
商業出版の成立……佐々木孝浩
こぼればなし
(表紙=杉本博司)
 
◇読む人・書く人・作る人◇
「越境」して見る、考える
清水 展
 

 私の専門は文化人類学・東南アジア研究です。一九六〇年代から七〇年代にかけてコーネル大学が東南アジア研究ひいては地域研究の拠点のひとつでした。その中心的存在が『想像の共同体──ナショナリズムの起源と流行』の著者ベネディクト・アンダーソン教授でした。けれど個人的には、彼の著書『越境を生きる──ベネディクト・アンダーソン回想録(岩波現代文庫、近刊)が面白く、多くを学びました。理由は、まずこの本が日本で出版されたために日本の若手研究者を意識して地域研究や比較政治学を分かりやすく解説しているからでしょう。

 本書の単行本版の題名は『ヤシガラ椀の外へ』(NTT出版、二〇〇九年)でした。「井の中の蛙」であることを止めて外の世界へ出よう、という意味です。狭隘で排他的な自国中心主義を脱した精神の自由人への旅。異文化のなかでの生活と見聞は、自分では気づけない自文化の足枷(世界認識の仕方)を脱する手助けをしてくれる。それは若者への熱いメッセージであると同時に、彼自身の人生を凝縮した言葉でもあります。

 異文化での暮らしは、五感を総動員した身体的、感覚的な洞察を導きます。自他を比較することで両者の差異と共通性が明らかになります。彼はインドネシア研究の後、さらにタイとフィリピンで長期の生活とフィールドワークを行いました。大学のあるアメリカに加えてこの三国を対象として研究を進めたことは特筆に値します。越境と比較が彼の自由で柔軟な発想を導きオリジナルな考察を可能にしたのです。

(しみず ひろむ・文化人類学)

 
◇こぼればなし◇

〇 一月から刊行開始し、全四巻が三月に完結した北方謙三さんの「完全版 十字路が見える」。『週刊新潮』の人気連載が生まれ変わりました。

〇 読み始めたら止まりません。本を閉じて腰を上げたら「こら小僧、いや君。話はまだ終わっとらんぞ!」と一喝されそうだから、というわけではありません。北方さんの話に耳を傾けているうち、なんだか読んでいるこちらが自分の話を聞いてもらいたいという心地になってくる、不思議なエッセイ集なのです。

〇 「…音楽など、人間が生きていく上においては、要らないものだ。生命を維持するという、ひとつの目的ならば、水と食糧があればいい。/それでも、音楽があってよかった、と思う瞬間が、何度も私の人生にはあった。…/君はいま、どんな音楽を聴いている」第Ⅰ巻『東風に誘われ』より)。「君が、どんなふうに生きていようと、創造物があることは、忘れるなよ。それは必ず、いつか君を救ってくれる」(同)

〇 「創造物」を人々に手渡す私たち出版人の襟を正させ、背中を押してくれる言葉です。そこから、さらに「福島智さんに会った。全盲全聾の、東大教授である」との一節があるエッセイ「言葉が言葉以上のものになる時」に出会い、また別の場所へと連れていかれます。「…私の好きな、映画や音楽は存在しない生活なのだ。その中で、唯一、言葉というものが現実性を持って拡がる。つまり、小説の世界は存在し得るのである」(同)

第Ⅳ巻『北斗に誓えば』収録の特別対談では、お相手の松浦寿輝さんが、エッセイ集を「をめぐる大河小説」と形容されています。「北方さんがおくられてきた人生の歳月のおびただしい細部が溢れかえっている」。それを「こんなにも面白く書いてしまうのか」と。

〇 個人的には、世界各地の旅の話はもちろん、北方さんの「海の基地」の話が好きです。釣り、料理、酒、映画。勝新や優作、ショーン・コネリー、池部良など名優との逸話。裕次郎との出会い。

〇 第Ⅰ巻には中篇小説「ブルースがあたしを抱いた」を、その続編で単行本初収録「ラ・ボエーム」と「ラストショット」を、第Ⅱ巻『西陽の温もり』、第Ⅲ巻『南雲を指して』に、それぞれ特典として掲載しています。

〇 歴史コミック「台湾の少年(全四巻)が一月に完結し、おかげさまで刷を重ねています。先日、作者のゆう)はい)うん)さん、しゅう)けん)しん)さん、訳者の倉本知明さんが、書店イベントやメディア取材のために、原出版社の皆さんとともに来日され、小社をご来訪くださいました。

〇 本シリーズの翻訳は日本語版、アラビア語版、フランス語版が刊行(フランス語版は第一巻のみ。順次翻訳中)。今後ドイツ語版、英語版、韓国語版が刊行予定となっています。なお、日本語版のほうが台湾版より先に重版したとかで、原出版社の方も驚いていたそうです。

〇 岸本美緒さんの『明末清初中国と東アジア近世』が、二〇二二年度アジア・ブックアワードを受賞しました。

 


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