特別寄稿エッセイ 若林恵「コロンビアよ、あとはよろしく」
コロンビアよ、あとはよろしく
若林 恵
イビチャ・オシムは、いつだか、日本代表の試合がPK戦にもつれ込んだ際に、その結末を見ぬままグラウンドを去ったことがある。正確には覚えていないが、PK戦というものがただ勝敗を決めるためだけに存在する残酷な取り決めであること、そしてそのPK戦の勝敗を決するのは「時の運」としか呼ぶことのできないものであること、そして、そうであるがゆえに、その結果はチームのパフォーマンスとは全く関係のないもので、監督はそこになんの関与もできないこと、などを挙げて、オシムは自身の行動の理由としたのだったと記憶する。
当然その行動は物議を醸し、監督の責務を放棄したといった批判が飛び交ったような気もするが、オシムに言わせれば、PK戦という取り決めは、彼が考える「サッカー」というものとはなんの関係もないもので、「PK戦」の方こそがサッカーというゲームであることを放棄した「まったく別のゲーム」なのだ、ということになるのだろう。PK戦をもって自分のチームの良し悪し、力量を評価されることをオシムは、ピッチを立ち去ることで拒んだのだった。
実際、PK戦の無理矢理感は、テレビで観戦しているこちらにとってすらやり切れないものだ。そしてそれが最終的に勝敗を決するものであるがために、最も強い印象を残してしまうところに、さらにその痛ましさが募る。だからこそ、血に飢えた観客にとっては格好の見せものになるわけだが、それが果たして、俗に言う「勝負の厳しさ」と関係があるのかないのか、正直よくわからない。ただ、それに参加することを拒んだオシムの論点は、システム運営上どうしたって裁定を決せねばならないという要請から作り出された「ルール」や「法」の残酷さは、勝負の残酷さとは無縁のものだと言い切るところにあったはずで、オシムは、ゲームの帰趨を暴力的に断ち切ってしまう「裁定のためのゲーム」は、監督の仕事の埒外にあるものとみなしていたのだろう。オシムは、自分が責任を取れない場所に選手をさらすことをきっと嫌がったのだ。
自分が束ねる組織の命運を、自分ではどうすることのできない「運」のようなものに預けることを監督の仕事の否定とみなして拒むのであれば、監督の仕事とはいったい何を指すのだろう。おそらくは、その真逆、勝敗の行方を自らの「意志」によって動かすことになるのだろう。「自分たちの力で命運を切り拓いてこい」と選手たちに促し、それに向けた戦略を授けることが、監督の最も重要な仕事となるはずだ。
もちろん、ゲームでは、さまざまな不測の事態が起きる。相手は相手で同じような意志を発動しながらこちらに向かってくる。そのせめぎ合いが激しく、高度であればあるほどゲームは面白く、スリリングなものとなる。そして、都度勃発するリスクに応対し、そのリスクをチャンスに変えるために常に「意志」を発動し続けることを、プレイヤーたちに、そして自分自身にも強いることが、組織の長であるところの監督の手腕であり、力量となる。
「自分ではどうにもできないことは、考えない」というのが、多くの超一流のスポーツプレイヤーが共通して語るところなのだと、ある本で読んだことがある。「自分ができることは何なのか」を限定し、そこにただひたすらフォーカスすること。自分の意志の及ばない領域については思考しないこと。なぜなら、それをいくら考えたところで自分ではどうにもコントロールしようがないからだ。不確実性は、ただ受け入れ、ただ対処するしか応対のすべがない。その考えに則れば、プレイヤーや監督の評価は、必然的に、「自分の意志が及ぶ領域において、彼/彼女がなにをやったのか」をもって測られることになる。別の言い方をするなら、「どのような意志をそこで発動し、それがいかに・どれほど成就されたか」だけが、そこでは問題となる。
結果が手段を正当化する、といった言葉はよく聞かれるが、ここでは、「手段」の前にあったはずの「意志」というものが問題となっていない。意志、手段、結果、というものがひと連なりとしてあったとき、「自分」が責任をもって関与できるのは、最初の二項だ。「こうしよう」と思い、それにふさわしい「やり方」を選び取り、実行するところまでは自分の管轄、責任の範疇でありうる。一方、そこから先の事態は、予測不能な世界の側に属している。であればこそ、プレイヤーや監督を評価するなら、その二項をもってされるべきではないのだろうか。それは理にかなった意志の発動であったか。その手段は理にかなった手段だったか。そしてそれをどこまで実行できたのか。逆に、結果をもってすべて評価するというのであれば、自分の責任の及ばない範疇で起きたことをもって評価が行われることにもなってしまう。少なくとも選手にとって、それは決してフェアな評価とは呼べない。
結果が出なくても、見事な意志の表現、見事な手段の選定というものは存在する。どだい、スポーツの楽しみ、スーパープレイの魅力は、ほとんどがここに属している。結果だけを見て何らかの評価を下そうとするのは、PK戦だけを見て試合や選手を判断するに等しい。そのことがわからない人間は、結果がでたときには結果をもって手段を正当化するが、結果が出なかったときには、誰かを血祭りにあげるか「勝負は結果じゃない」などと言って自分を慰めたりするしか手だてがなくなる。
勇気というものを賞賛するとき、人は成果の大小をもって、その勇気を賞賛をするわけではない。銅メダルしか得ることのできなかった勇気は、金メダルを取らしめた勇気よりも、自明のものとして劣るということにはなるまい。勇気は、負けたときの慰めとして持ち出されるだけの、ただの便利なことばというだけではあるまい。
82年のW杯で黄金カルテットを擁したブラジルが、3対2でイタリアに敗北し決勝トーナメント進出を逃した試合のことだったと思う。いまだにW杯史上ベストマッチのひとつとして挙げられるこの試合の直後、監督のテレ・サンタナが悲嘆にくれる報道陣に向けて、毅然と、そして穏やかに「これほど美しい試合をしたあとには負けるくらいのことは許される」と語ったというエピソードが、『スタジアムの神と悪魔』という本にあったと記憶する。別のウェブ記事は、試合後、サンタナ監督は控え室で選手たちに誇りをもつよう諭し、こう語ったと伝えている。「世界中が君たちに魅了されたのだ。そのことを胸に刻みなさい」。当の試合を戦ったジーコの回想を引用してもいい。「私たちは敗れ去ったが最後まで信念を守り抜いた。どんな手を使ってでも勝てばいいという考えを、美しく戦うことに優先させることはなかった」(“Brazil lost that Italy game in 1982 but won a place in history ? Falc?o” The Guardian)。
ここで言われる「美しさ」はプレイそのものを指しているのではなく、むしろプレイを通して表現された「意志」や「信念」を尺度としている。間違ってはいけないのは、「美しさ」に到達することは、ときに「勝つこと」そのものより、きっとはるかに困難で厳しいということだ。そしてさらなる勇気を求める。だからこそ、それは勝敗よりも高位に置かれる。
2018年の1次リーグにおける日本とポーランドの戦いを見た北アイルランド代表監督のマイケル・オニールは、「チームの全命運をよそのゲームの結果に委ねるということは、監督の立場から見て、不可解すぎる」と語った。自らの手でベスト16の座を取りに行くことを放棄し、自分たちが関与していない試合が自分たちに有利に動くように祈ることをプレイヤーたちに課した監督は、一体どういう意志を発動したのだろうか。自分たちでどうにかできる状況のなかにおいて何もしないことを選び、自分たちがどうにもできない状況に賭けるというのは、ほんとうに賭けと呼べるものなのだろうか。
いくつかの海外のメディアは、この意志の発動に「Unreal」「Bizarre」「Weird」という言葉を用いて驚きを示した。「farce(茶番)」ということばも飛び交った。それは、サッカーというゲームを、その本質とはまるで関係のない、裁定のためだけに存在する「まったく別のゲーム」に自らの手で変えてしまったことに対する怒りや侮蔑のことばだった。冒涜、の語を用いた人さえいた。監督はこのとき、全世界に向けてこう語りかけたのだ。
うちのチームはもうなにもしないから、コロンビアよ、あとはよろしく。
少なからぬ人びとが、それを、監督が自分のチームを、そして自分が戦っているゲームに働きかける意志そのものを放棄した、とみなした。自分のチームを信じることよりも、よその試合を戦っているよそチームを信じることを選んだリーダーは、いったいなにと戦い、そうすることでいったいなにを守ろうとしたのだろうか。
とはいえ、これもまた、何度も見てきた景色のような気もする。自分の意志を放棄して、勝負を他人まかせにし、結果がよければすべてよしとする。それってどうなのよ。なんてことを、過去に自分も、「ニーズに死を」という文章のなかで書いたことがある。