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『図書』2023年7月号 目次 【巻頭エッセイ】渡辺政隆「ムジナモをめぐる奇しき因縁」

◇目次◇
『沖縄レポート』(下)……柳広司
音楽は繋がっている……笠松泰洋
科学を否定する人々に私たちは何が言えるのか……横路佳幸
午前四時の試写室(中編)……川内有緒
家族とロックを生きた二人……河合蘭
見ることの果てに……竹内万里子
ウィーンと奈良……ブレイディみかこ
手術しました!!③……近藤ようこ
近代化論の発想……前田健太郎
「時間の国」は何処にあるのか?……安藤礼二
美術学校設立の内定と欧米視察旅行……新関公子
ドードーやソリテアの脱絶滅とは?……川端裕人
ウェジウッド「女史」……近藤和彦
こぼればなし
(表紙=杉本博司)
 
◇読む人・書く人・作る人◇
ムジナモをめぐる奇しき因縁
渡辺政隆
 

 かのダーウィンが『種の起源』を出版したのは一八五九年の暮れ近くのことだった。そのいきさつについては、拙著『ダーウィンの遺産(岩波現代全書)に述べた。イングランド南東部にあった義姉の邸宅で静養していたその翌夏、近くの湿地を散策していたダーウィンは、たまたまモウセンゴケに出会い、食虫植物に興味をもった。さっそく研究を開始したダーウィンだったが、中途半端を嫌う性格ゆえに、研究書『食虫植物』を完成させ出版したのは一五年後の一八七五年のことだった。

 NHKの朝の連続ドラマで神木隆之介さん演じる槙野万太郎のモデルとなった牧野富太郎の数ある業績の一つに、食虫植物ムジナモの発見がある。こちらもたまたま一八九〇年に江戸川河畔で見つけた水草で、その経緯は牧野自身が随筆で紹介している。それまでインド、欧州、豪州のみとされていたムジナモの分布域に極東も加えることになった重要な発見だった。

 見慣れぬ水草であることから帝国大学植物学教室に持ち帰ったところ、もしかしたらと矢田部良吉教授(要潤さん演じる田邊教授のモデル)が取り出したのがダーウィンの件の書だった。捕虫葉の図がその植物の「奇態」の特徴と一致していた。

 試みに東京大学の蔵書をネット検索したところ、生物学科図書室貴重書庫に一八七五年出版の同書が見つかった。これがその書なのだろう。ただしその収蔵書は、イギリス版ではなくアメリカ版である。アメリカ留学中に矢田部教授がたまたま買い求めたものだったとしたらますますの奇しき因縁を感じる。 

(わたなべ まさたか・サイエンスライター)

 
◇こぼればなし◇

〇 ブレイディみかこさんとの小誌コラボ連載「言葉のほとり」でも私たちを魅了する谷川俊太郎さんの、最新かつ待望の自選詩集が五月に発売されました。『[電子書籍オリジナル版]自選 谷川俊太郎詩集 英訳・朗読付き』です。

〇 岩波文庫『自選 谷川俊太郎詩集』の作品、解説、年譜に加え、二〇一三年以降の作者の詩集から新たに二六篇を追加した一九九篇を収録。そのほぼ全てに詩人自ら読んだ朗読が付き、さらに収録された全篇に、英語を母語とする詩人による英訳が付されます。日本語の原詩と英訳、それに朗読すなわち音が加わることで、詩の理解がぐんと深まるのです。

〇 英語訳は英詩としても鑑賞できるわけですが、編集担当はこのように言います。「理屈で押し通す英語というフィルターを通すことで、言いかえれば文法も発想の仕方もちがう英語という鏡に映すことで、詩の意味や構造がそれまでよりもずっと明瞭に了解されました。私には、それは新鮮なおどろきでした」。

〇 谷川さんの朗読は、作品ごとにテンポやトーンを異にし、一作品のなかでも緩急自在、音色多彩。詩人の息づかいと周囲の物音も一体となり、詩の宇宙が聴く人を大きく包み込みます。「作品のことをほかの誰よりもよく知っている作者本人の朗読を聞いて、はじめて隅々まで理解できた作品が私にはいくつもありました」とは、先の編集担当の弁です。

〇 “After having a sweet potato, it’s boo./ After having chestnuts, it’s bo/……”どの詩の英訳か、もうおわかりですね。「いもくって ぶ/くりくって ぼ/……」。個人的に大好きな作品の一つ、「おならうた」のさわりです。谷川さんの朗読を、ここで読者の皆様と一緒に聞けないのが残念!

〇 電子書籍ならではの豊富な仕掛けで、たっぷり楽しませてくれる自選詩集。「まえがき」追記には、谷川さんの次のような言葉があってハッとさせられます。「未来の詩はもしかするともう文字ではなく、波動として読者に届けられるのかもしれない。その時まで私の詩はこの地球上に残っているだろうか」。

〇 さて、谷川さんの、波動ならぬ「ぶっ」の発声も耳奥に心地よい、ある土曜の午後。神奈川近代文学館のロビーに歩を進めると、自由自在におならをコントロールして遊ぶ子どもらの元気な姿が目に飛び込んできました。小津安二郎監督の映画「お早よう」の予告映像です。

〇 今年は小津の生誕一二〇年、没後六〇年。同館で五月下旬まで開かれた「小津安二郎展」は、多種多様な資料を総動員した見応えのある展示でした。

〇 「ボクはトウフ屋なんだからウナギを注文してきたってムリ。ボクにつくれる油っこいものといったら油揚げ、ガンモドキ程度なんだ」(「小津監督 芸術院賞受賞の喜び」より)。名匠の辛辣で温かなユーモアと溢れる詩情をしばし堪能。

〇 『ドキュメント 通貨失政(小社刊)等で財政・金融政策の舞台裏を検証してこられた西野智彦さんに、二〇二三年度の日本記者クラブ賞が贈られました。


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