5 愛から逃げる――ジェイムズ・ボールドウィン『ジョヴァンニの部屋』
(大橋吉之輔 訳、白水社、白水Uブックス、2024年)
恋愛というテーマ
あなたは恋をしたことがありますか。今まで何も感じなかったのに、ある日突然、クラスの誰かが気になって仕方がなくなる。他の人と話している表情や、授業中のつまらなそうな顔、怒ったときの顔や笑顔が、家に帰ったあとも、寝る前のベッドの中のひとときに浮かんでくる。何でもない瞬間に、そういえばあの子は何をしているんだろうと考えてしまう。この気持ちは何なのだろう。友人に話してみれば、それは恋をしてるんだよ、と全員が言うことでしょう。
実は、こうした感情をめぐる物語はメディアにあふれています。例えば恋愛リアリティショーでは、無人島や高原のホテルに集められた人々が好みの相手を選び、互いの感情を探り合います。そして最後には何組かがカップルになるわけです。こうした番組がそれこそ無限にあることからも、この恋という感情はエンターテインメントの格好の題材になるということがわかるでしょう。
あなたも知っているとおり、ドラマも映画も漫画も小説も、およそストーリーを持ったありとあらゆるメディアは、恋というテーマに満ちています。言うなれば我々は、そうした作品に取り巻かれて育つわけです。するとどうなるでしょう。恋を扱った作品の大部分が男女の恋愛をテーマにしています。言い換えれば、「ある程度の年齢になった人は異性に恋をするのが当然である」。そうした作品は我々にこういうメッセージを発し続けているわけです。けれども、たとえばいつになっても恋愛感情を抱けない人はどうでしょう。あるいは、好きになった相手が同性だったら。
同性愛者であることを隠す時代
もちろん現在ではLGBTQといった言葉が普及して、異性間の恋愛だけが正常である、という思考は否定されるようになっています。そのことは学校でも強調されていますよね。でも、学校で教えられるということと、多様な性のあり方が本当にすべての人に日常的に受け入れられるということのあいだには、いまだ大きな隔たりがあるでしょう。ましてや、同性愛が扱われた先駆的な作品である、ジェイムズ・ボールドウィンの『ジョヴァンニの部屋』の時代背景となった1940年代から50年代にかけては、状況はまったく違っていました。
何しろ、作品中でも語られるように、軍隊の内部で同性を愛したがゆえに軍法会議にかけられる人がいるような時代です。自分が同性を愛していることは親にも地域社会にも隠さなければならない。それが表沙汰になったら、ただ単に差別され排除されるだけでなく、実際に言いがかりをつけられて、犯罪者として罰せられるかもしれない。ならば、もし当人が男性なら、過剰に男性らしさを演じた上で、偽装工作をするように、女性と結婚さえしてみせるかもしれません。それでも、自分のほんの少しの仕草や表情から、同性愛者であることが暴かれるのではないかと、いつもびくびくして暮らす。『ジョヴァンニの部屋』はそうした、常に他人の視線に怯えながら生きる人物の苦しみと喜びを描いています。
「どうしてぼくにこんなことが起きたのか」
主人公のデイヴィッドは、いわゆるブロンドの白人青年です。ニューヨーク出身の彼は20代後半で、今はフランスのパリに暮らしています。彼には誰にも言えない秘密の過去がありました。まだ10代のころニューヨークで、友人のジョーイとただならぬ関係に陥ったことがあったのです。きっかけは何気ないことでした。浅黒い肌に縮れた髪の毛を持つ、おそらく黒人の血が入っているジョーイと彼は、立ち込めた湯気のなか、狭いシャワー室でシャワーを浴びます。そして騒ぎながら、濡れたタオルで互いをつつき合って遊んでいました。けれどもその途中でデイヴィッドは、なんと呼んでいいかわからない不思議な感覚に襲われます。そしてこのまま互いに裸でいたいと強く願うのです。
やがて、いつものふざけあいのつもりで頭をつかんだことがきっかけで、気づけばデイヴィッドはジョーイを抱き寄せています。ジョーイのほうも抵抗せずに、そのままでいました。ジョーイが何かをつぶやき、それを聞き取ろうとしてデイヴィッドが頭を下げたところでジョーイが顔を上げ、ふいに二人は唇と唇を重ねます。
このとき、ぼくは、生まれてはじめて、他人の体、他人の体臭を、ほんとうにはっきりと知った。ぼくたちは、たがいの体を抱きあっていた。それはまるで、疲れはてて、息もたえだえの珍鳥を、偶然、奇蹟的に発見して、掌中にいだいているような感じであった。ぼくは、極度におどろきおびえていた。彼もまた、きっとそうであったろうと思う。ぼくたちは、目をとじた⋯⋯(18-19ページ)
その後、二人は自然な形で互いに喜びを与え合います。ことが終わったとき、デイヴィッドはこう思うのです。「汗ばんで、褐色にかがやいているジョーイの裸体、それは、ぼくがそれまで見たうちでもっとも美しい創造物であった」(19ページ)。これが男女の関係の描写であったなら、美しい恋愛の始まりの光景であったことでしょう。けれども舞台は1940年代のアメリカです。少なくとも表向きには、同性同士の関係を受け入れる準備は社会にはありません。そのことはまだ10代であるデイヴィッドにもよくわかっています。だから、自分はジョーイを愛している、という明確な自覚が、そのまま激しい恐怖につながるのです。
「《だがジョーイは男の子なのだ》という確信が、ぼくをおそってきたのだ」(20ページ)。そしてデイヴィッドは、自分が真っ暗な洞穴の入り口の前に立たされたように感じます。その中に入っていってしまえば、自分は「男」ではなくなる。けれども、自分の内側にある衝動は、彼にその中に入っていくことを強く命じます。なぜこんなことになってしまったのだろう。普通に異性を愛せれば、こうした苦境に直面することなどなかったのに。こうして彼は人生の解決不能な問題に直面することになるのです。
あまりの辛さに、彼の感情は高まります。「どうしてぼくにこんなことが起きたのか、どうしてぼくのなかにこんなことが起きえたのか、それがわからなくて叫びだしたいような気持だった。そこでぼくは、決意した。ベッドからぬけだすと、シャワーをあび、服をきて、朝食の用意をした。そのとき、ジョーイが目をさました」(20-21ページ)。デイヴィッドはこのとき、どんな決意をしたのでしょうか。残酷にも、ジョーイから逃げ出すという決意です。そうすれば、自分は同性愛者である、という事実から距離を取ることができるでしょう。そしてさらに、今後自分に嘘をつき続け、異性愛の男性として演技しながら生きよう、という決意でもあります。
その後デイヴィッドは、ジョーイを不当に扱います。彼を遠ざけ、自分と女友達とのありもしない関係をでっち上げてひけらかします。そうやって激しくジョーイを傷つけた結果、ついにジョーイは、デイヴィッドの近くから姿を消してしまいます。けれども、激しく傷ついていたのはデイヴィッドも同じです。20代後半になってまだこの頃のことを克明に思い出しているという点を見ても、自分自身であることを避ける代償として、いまだ彼が強く苦しみ続けているのは明らかでしょう。
作者、ジェイムズ・ボールドウィンについて
さて、こうした作品を書いたジェイムズ・ボールドウィンとはどんな人物なのでしょうか。1924年にニューヨークで生まれた彼は、それまで抗議の文学と考えられてきた黒人文学に同性愛というテーマを導入した先駆的な存在です。ボールドウィンの恩人であり、彼に先行する存在である黒人文学の巨人リチャード・ライトは、『アメリカの息子』(1940年)などで、白人による黒人への苛烈な人種差別を告発した文学を確立しました。けれどもボールドウィンの同性愛者としての経験は、そうした枠組みには収まらないものでした。彼が創始した、人種差別と同性愛差別の融合という主題は重要です。なぜなら、貧困層への差別と性差別、さらに人種差別の複合という問題を扱った、トニ・モリスンの諸作品などが生まれ出る場所を拓いたと言えるからです。貧困な黒人女性がおかれた苦境や彼女たちの強さを描いた『青い眼がほしい』や『ビラヴド』といった名作も、こうした文学的な流れの中にあります。
ジェイムズ・ボールドウィンはシングルマザーの息子として生を受けますが、彼が3歳のとき母親はデイヴィッド・ボールドウィンという牧師と再婚します。この厳格な父親とジェイムズの関係は終始ぎこちないものでした。ですが父親の勧めで、ボールドウィンは14歳から17歳までの3年間、教会の説教師としても活躍します。そこで彼は言葉の持つ力に目覚めます。後ほどボールドウィンは、この説教師としての日々が自分を作家にしたと語っています。そして1944年に彼はリチャード・ライトと出会います。ライトの尽力でボールドウィンは執筆活動についての助成金を得ることができました。そのお金で後に、自伝的な最初の小説、『山に登りて告げよ』を書けたのです。
1948年には人種差別や同性愛者への差別が苛烈なアメリカを逃れるべく、ボールドウィンはフランスのパリへ移住しました。そしてそのまま8年間を過ごすのです。パリでの日々はとても生産的なものでした。1953年には『山に登りて告げよ』を、そして1956年には『ジョヴァンニの部屋』を出版します。公民権運動に深く関わるべく1957年にはいったんアメリカに帰国しますが、1969年から1987年の死去まで、アメリカ東部とフランス南部、そして時にトルコを往復するというスタイルで生活を続けました。
時を戻しましょう。アメリカで高まりゆく公民権運動の様子を見ていたボールドウィンは、いてもたってもいられなくなり、帰国を決意します。そしてマーティン・ルーサー・キングやメドガー・エヴァーズといった運動の重要人物と知り合い、自らも深く関わっていきます。彼のそうした様子は、ラウル・ペック監督による2016年のドキュメンタリー映画『私はあなたのニグロではない』でいかんなく描かれています。けれども、そうしたボールドウィンの努力が思いどおりの結果につながったかと言えば、そうではありません。
60年代に入りますます過激化していく公民権運動の中で、白人と黒人の対話を強調する平和主義的なボールドウィンの姿勢は徐々に、中途半端なものとして周囲に映るようになっていきました。そして、後進の詩人アミリ・バラカ(リロイ・ジョーンズ)などに批判されるようになっていくのです。結局のところボールドウィンは、あまりにも先駆的な存在として周囲から浮き上がっていってしまったのでした。さらに、初期の作品に対する高い評価に比べて、後期は文学的評価も売り上げも落ちてしまいます。
彼が非常に重要な黒人作家として、そしてまた同性愛を取り上げた作家として高く評価されるようになったのは、1987年の彼の死後だいぶ経ってから、21世紀にブラック・ライブズ・マター運動が起こり、なおかつセクシャル・マイノリティをテーマにした作品が見直されるようになってからだと言えるでしょう。彼の小説『ビール・ストリートに口あらば』が2018年、バリー・ジェンキンズによって映画化されたことからも、そのことはわかります。いわば、ジェイムズ・ボールドウィンは黒人文学のもう一つの可能性として、現在も発見されつつある作家だということができるでしょう。すなわち、『ジョヴァンニの部屋』などの名作は、アメリカ文学の古典であるだけでなく、これから読まれる未来の作品だとも言えます。
引き裂かれる感情
『ジョヴァンニの部屋』に戻りましょう。20代後半になった彼は今、パリで一人暮らしをしています。実はヘラという名前のフィアンセの女性がいるのですが、彼女は今、スペインにいます。プロポーズまでしたのに、どうして2人はすぐに結婚しないのか。どうやらヘラのほうにある種の躊躇いがあるようです。確かにデイヴィッドは自分を愛してくれている。けれどもその彼の愛に、彼女はなんとなく違和感を抱いているのです。はっきりとした理由はわからないまま不安になった彼女は、自分を見つめ直したいと、いったん彼から離れることにします。
一方、同性愛者の友人であるジャックとともに酒場を訪れたデイヴィッドは、そこで魅力的なバーテンダーのジョヴァンニに出会います。南イタリア出身で、おそらく浅黒い肌の色をした彼に、デイヴィッドは一瞬で心を奪われてしまいます。そして、彼との会話に喜びを感じている自分に気づき、頬を赤らめるのです。あとはデイヴィッドにとってお決まりのコースをたどります。ジョヴァンニやジャックとともに、デイヴィッドはタクシーに乗ります。そして彼は、このままではジョヴァンニに愛を告げることになってしまう、と確信します。ならばいっそタクシーから飛び降りてしまおうか。しかしそうすれば、なおいっそう、自分の愛はジョヴァンニに伝わってしまうのです。
ジョヴァンニと一緒にいたいという感情と、彼から逃れたいという感情に引き裂かれたまま、彼はついにジョヴァンニの部屋に入ってしまう。今にもドアから出て行かなければならない。けれども、もはや自分はそのドアを開けられない。
彼は、ぼくの体を引きよせ、すべてをぼくにまかせるといわんばかりに、ぼくの腕のなかに自分の体を投げかけてきた。それから、ゆっくりと、抱きあったまま、ぼくの体をあのベッドのうえに、引きたおした。ぼくの心のなかのすべては、《ノー!》とかんだかく叫んでいたが、体ぜんたいは、《イエス!》とためいきをついていた。(120-121ページ)
そしてその日から、ジョヴァンニとデイヴィッドの短くも濃厚な同棲生活が始まります。本来、愛する人と一緒にいられるデイヴィッドは幸福なはずです。しかし彼は同時に、ジョヴァンニへの欲望に負けてしまえば、自分は「男」でいることができなくなるとも感じているのです。そうした葛藤は彼に激しい苦痛を与えます。
《これがおまえの人生なんだ。あらがうのはやめろ。やめろ!》あるいは、《ぼくは幸福だ。彼はぼくを愛してくれている。なにも心配することはない》と考えたりしているときがあるかと思うと、反対に、彼が身近にいないときなど、《もう二度と、彼にはぼくの体をふれさせまい》と決意したりすることもあるのだった。(157ページ)
こんなことでは2人の関係が安定して続くわけもありません。そして実際に別離の日がやってきます。きっかけとなったのはヘラからの手紙でした。いよいよデイヴィッドと結婚する決心がついた、これからパリへ向かうので出迎えてほしい、と彼女は言ってくるのです。デイヴィッドが自分の部屋から出て行こうとしていることに気づいて、ジョヴァンニは激しくデイヴィッドをなじります。君は愛を恐れているんだ、とジョヴァンニはデイヴィッドを非難します。けれども彼の言葉に、デイヴィッドは正面から向かい合えません。そして代わりにこう言うのです。「『しかし、ぼくは男だ』と、ぼくは叫んだ。『男だぜ! ぼくたちのあいだに、なにが起こりうると思っているんだ?』」(249ページ)。
同性婚が多くの国で認められるようになった現在であれば、男同士の関係から新たな家族を作っていけるといった展望も開けるでしょう。しかしながら、この小説の背景である70年前の世界では、二人が未知の世界の前で立ちすくむのも仕方がない。言うなれば、デイヴィッドはジョヴァンニとの未来も思い描くことができない一方、ヘラとの関係に飛び込んでいくこともできないのです。現にジョヴァンニの部屋を出てから、デイヴィッドはヘラと関係するのですが、彼女の体には硬さや力強さが足りない、とどうしても思ってしまいます。そして彼女と口づけを交わしても、彼の唇は冷たいままでした。
当然ヘラの方もデイヴィッドのそうした気持ちに気づきます。結局、彼女は一人でアメリカに帰らざるを得ませんでした。つまりデイヴィッドは、自分自身に嘘をついて生きたがゆえに、ヘラを徹底的に傷つけてしまったのです。そしてもちろんデイヴィッドが傷つけたのはヘラだけではありません。傷心のジョヴァンニは、以前関係を強要した金持ちである同性愛者の男性に再び迫られて、そのまま相手を殺してしまいます。そして哀れにも死刑を宣告されるのです。
なぜ白人の恋愛を描くのか
黒人作家であるジェイムズ・ボールドウィンが書いた作品であるにもかかわらず、この『ジョヴァンニの部屋』という作品にはほとんど黒人が出てきません。唯一登場するのは肌の浅黒いジョーイだけですが、彼も明確に黒人であるという記述はありません。なぜこのような主に白人同士の同性愛をめぐる小説をボールドウィンは書いたのでしょうか。この作品が当時のボールドウィンの恋人であるルシアン・ハッパーズバーガーに捧げられている、というのがヒントになるかと思います。
スイス人の画家であるハッパーズバーガーとボールドウィンは長い間パートナーでした。そして2人の関係をボールドウィンは、いわゆる白人と黒人の関係ではなく、単に肌の白い人物と浅黒い人物の愛として本作に書き込んだのではないでしょうか。こう捉えれば、デイヴィッドとジョーイの関係、そしてまたデイヴィッドとジョヴァンニの関係は、まさに同じものの反復だと考えることができるでしょう。
現に、ボールドウィンは、『私はあなたのニグロではない』の中のインタビューで、自分には白人をすべて否定することはできない、と語っています。アメリカで自分を抑圧したのも白人たちなら、フランスで自分に愛を与え、さらに自らの人格や芸術を受け入れてくれたのもまた白人たちだからだ、と彼は言うのです。こうした彼の思考は、激しい人種差別の中で先鋭化していくアメリカの同志たちには、理解し難いものだったのかもしれません。けれども僕はボールドウィンのこの中途半端さのなかに、新たな可能性を見てみたいのです。
*『ジョヴァンニの部屋』(白水Uブックス)の著者名表記は「ジェームズ」だが、本稿では「ジェイムズ」とした。
(とこう こうじ・アメリカ文学、翻訳家)




