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平井和子 女性の軍事化[『図書』2026年8月号より]

女性の軍事化

九条と女性自衛官とわたしたち

 

 6月7日、わたしは陸上自衛隊東富士演習場で行われている「総合火力演習」の爆音を聞きながらこの原稿を書いている。約30キロ南に位置する我が家でも、ガラス窓が小刻みに振動し、愛犬は部屋の隅で震えている。3月に配備された「島嶼防衛用高速滑空弾」(長距離ミサイル)も初めて公開された。4月、高市早苗総理は安全保障政策の根幹となる「安保三文書」の年内改定へ向けて、軍事費増大や軍事産業の強化とともに、「新しい戦い方」と「長期戦」への備えを訴えた。この姿勢は、「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうに」とうたう憲法前文とは相いれない。もはや戦争行為を前提とした国策が女性総理の下で進められようとしている。では、自衛隊の現状はどうか? これをジェンダーの視点で考えるときに示唆に富む本を紹介したい。

女性自衛官への性暴力

 「人を守る自衛官という仕事に誇りを持っていた」──元陸上自衛隊員の五ノ井里奈さん(1999年生まれ)は2023年、複数の男性隊員による性暴力被害を実名で訴えたとき、こう語った。勇気を振り絞って提訴したのは、加害者に人権侵害を認めさせ謝罪をしてほしいためと、後輩たちへの再発防止のためである。そのため彼女は、「自衛隊に変わってほしい」と述べた(『声をあげて』小学館、2023)。

 わたしは、「軍隊は女・子どもを守らない。いざとなったら盾にする」という経験を、敗戦時の「満洲」や日本本土で、「性の防波堤」とされた女性たちに焦点をあて、明らかにしてきた(『占領下の女性たち──日本と満洲の性暴力・性売買・「親密な交際」』(岩波書店、2023)。ゆえに、五ノ井さんの自衛隊への率直な思いに胸が痛む。同時に、五ノ井さん以前にも、2007年、性暴力被害で国家賠償訴訟を起こした北海道の航空自衛隊の女性隊員がいたことを無念さと共に思い出す(詳しくは「軍隊と女性──私たちはなぜ女性自衛官を支えるのか」『インパクション』2008年1月号)。五ノ井さんの訴えに対し、2023年、福島地裁は強制わいせつ罪で加害者3人を有罪に、民事訴訟では2026年、元隊員が謝罪をし、和解が成立した。しかしその後もハラスメントは無くならず、被害申告後の「二次被害」も多く、現在弁護士による「ハラスメント根絶プロジェクト」が立ち上げられている(『弁護士JPニュース』2024年12月24日)。

 また、五ノ井さんの性被害は、「男の領域」に参入した女性たちがどんな目に遭うかという軍隊の構造的暴力を明示している。男性兵士たちの性暴力/セクハラは、女性たちに自分たちの優位性を分からせる(分をわきまえさせる)行為である。軍事組織とジェンダーが専門の佐藤文香は、『女性兵士という難問──ジェンダーから問う戦争・軍隊の社会学』(慶應義塾大学出版会、2022)で、「弱者を守る」ことを任とする兵士にとって「セクハラ犠牲者」という位置づけを甘受することは自らの二流性を認めることだ、とし、被害を訴えることは、「彼女が軍事組織に存在しつづける正当性をも剝奪すること」を意味するという(69頁)。

自衛隊のジェンダー表象

 日清・日露戦争から1945年の敗戦、戦後の日本の軍事主義が、「女・子ども」をどのように利用してきたのかを「感情資本」という観点を軸に、長いタイムスパンで分析したサビーネ・フリューシュトゥックは、九条を持つ国の自衛隊が、軍隊が持つ大量殺戮の可能性をカモフラージュするために、子どもやジェンダーのイメージを巧妙につかってきたと述べる。とりわけ、創設以来最大規模の災害派遣となった東日本大震災をテーマとした2011年度『まんがで読む防衛白書』(防衛省)では、少年少女が主人公となり、女性自衛官から安心と「勇気をもらった」などと発している(中村江里他訳『「戦争ごっこ」の近現代史──児童文化と軍事思想』人文書院、2023)。当時、自衛隊の車列に東北の子どもたちが「自衛隊の方々、ありがとう」というプラカードを掲げた映像はわたしの記憶にもある。東松島で被災した、当時小学生の五ノ井さんも、北海道から派遣された女性隊員の姿に、「この女性自衛官のように、人のために動けるようになりたいと思った」という(五ノ井、32頁)。

図1 2012年の自衛官募集ポスター(防衛省)
図1 2012年の自衛官募集ポスター(防衛省)

 図1のポスターは、「チホン」と呼ばれる自衛隊方協力部の帯広地方事務所が、2012年、アニメ作家に依頼して作成したものである。大震災での活動を基に、中心に女性自衛官を置き、子どもたちがその周りに集い、陸海空の男性自衛官が取り巻くという配置になっている。キーワードは「護る」や「守る」で、以降、自衛官募集の文言には「大切な人を守る」というフレーズが定着する。「守る」という言葉は、それ以前にも使われてはいた。ただし、2003年のイラク派兵時のように、派遣される父親が別れ際に、妻と傍の息子を抱き上げるシーンで使われてきた(このモチーフは、戦時中の「出征兵士を送る母子」と重なる)。さらにそれ以前、1980年代には、自衛官募集の対象は男性で、女性は頼りになる男性性を引き立てるわき役であった(図2)。

図2 1987年の自衛官募集ポスター(防衛省)
図2 1987年の自衛官募集ポスター(防衛省)

 「守り」/「守られる」という従来のジェンダー役割が、震災を境に大きく変わった。五ノ井さんは、まさに自衛隊のジェンダー表象が転換したときに、「人を守るために」と自衛官を志し、軍事組織の構造的性暴力の被害者となったのだ。

 戦後80年、九条改憲を悲願としてきた女性宰相の下、自衛隊は、軍隊の本質──戦闘と殺傷──を露わにする方向へ舵を切った。4月21日、日出生台演習場での実弾砲撃訓練中、戦車隊一〇式戦車の砲弾が暴発し、4人の死傷者(うち一名は女性)が出た事例からは、実力組織としてのむき出しの暴力に女性が既に組み込まれている現実が見えてくる。防衛省は来年の通常国会で自衛隊法改正案として、現行の「幕僚長」や「一佐」、「一尉」を「大将」、「大佐」、「大尉」とするなど、旧軍の名称を復活させるという。発足時から差別化を図ってきた旧軍への先祖返りである。

戦後女性平和運動の「ぬかり」

 戦後日本女性史は、長らく、女性を戦争の被害者として描いてきたが、1970年のウーマンリブを受けて、女性たち(母たち)の戦争責任を問う研究が胎動した。「女たちの現在いまを問う会」を1976年に立ち上げ『銃後史ノート』を刊行した加納実紀代は、女性たちを「自発的に、生き生きと(戦争に)協力させる」ために、「どういう仕掛け」があったのかを追った(佐藤文香・伊藤るり編『ジェンダー研究を継承する』人文書院、2017、286頁)。鈴木裕子も女性リーダーたちの戦争加担への足跡を明らかにし、「「権力」への参加を「解放」とみまがうような、体制による操作はふだんに行なわれた」と警鐘を鳴らす(『フェミニズムと戦争──婦人運動家の戦争協力』マルジュ社、1986年初版=『フェミニズムと戦争協力──見えなかった過去から学び、未来をつくるために』梨の木舎、2026年復刻)。このようにジェンダー史は、女性たちが総力戦体制を支え、補完したことに痛みをもって、女性の「共犯」を再び繰り返さないための研究蓄積をしてきた。わたし自身もこれらの先達に学びながら研究をしてきた。

 しかし、佐藤文香のデビュー作『軍事組織とジェンダー──自衛隊の女性たち』(慶應義塾大学出版会、2004)を読んだとき、わたしはもう一つの「加害者」になる得る存在──女性兵士──を見つめよ、という同書のメッセージに瞠目させられた。1950年の警察予備隊から保安隊、自衛隊と、当初、「女らしい」分野(看護婦)から女性隊員を取り込み、徐々にその職域を拡げ、ついに戦闘領域の任務も男女平等にこなす存在に成るまでを注意深く辿った佐藤は、日本のフェミニズムが、NOW(全米女性機構)に代表されるように、軍隊への女性の参入を「女性の一流国民化」とし、職域の拡張を男女平等の「成果」とは見なさないことに、一定の「思慮深さ」があるとする。しかし、それは日本のフェミニズムが「軍事化」の外部に立ち得る、汚れなき存在であることを意味していないか?と問い、自衛隊の変遷と並行して、女性の平和運動(母親運動)を分析した。そしてそれは、「女=母=平和」の図式に全面的に依拠し、「この図式からはみ出す女性の存在に関心を向けることはなかった」(110頁)と結論付けた。

 皮肉なことに、日本のフェミニズムが「軍事化の外部に立ち得る」のは、日本国憲法九条の存在が大きい。戦争放棄を尊重する女性たちにとって、「あってはならない」存在である自衛隊内の女性への関心は抜け落ちてしまった。その間、自衛隊は「男女共同参画」、「ワークライフバランス」の整備など、ジェンダー戦略を巧みに使い、女性の軍事化をはかってきたのだ(女性自衛官の全体に占める割合は9.1%、2025年3月)。

軍事組織内外の女性たちが繋がる

 岡野八代は、高市政権に抗し「No War」を掲げて国会前に集まる「ママ」たちを、「戦争システムに対する外」からの声として重視する。母性本質論ではなく 〝ケア〟を担ってきた経験ゆえに戦争を破壊でしかない、と体感できるからだ(「カントとママたちが掴んだ平和」『世界』2026年6月号)。自衛官のセクハラ訴訟を担う弁護士の武井由紀子は、自衛隊内へ「市民の視点」が入ることが必要だと述べる。それは日本社会に流れる憲法の精神──人権を守り、命と尊厳を大切にする──で、過酷な状況から隊員を守ることにつながり、自衛隊を九条の枠内へ留める意味も持つ、という(「自衛隊におけるハラスメントについて──市民とジェンダーの視点で」『女性「九条の会」学習会報告』2025年11月)。

 そういえば、2022年性被害の訴訟を起こすに先立って、五ノ井さんがネット上で募った署名に11万件以上の賛同が集まった。わたしは軍隊の持つ暴力への警戒を怠らず、異なる立場(軍隊の内と外)の女性たちが連携することで、脱軍事化への蟻の一穴が生まれるかもしれない、と思う。この危機の時代は、希望と隣り合わせでもある。

(ひらい かずこ・ジェンダー史研究)

〈81年目の読書〉

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