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真実を届ける仕事──世界のジャーナリストに会いに行く

第2回 なぜ、中国#MeToo報道の先頭に立つ記者は拘束されたのか〈真実を届ける仕事〉

撮影:Shiori Ito

『ジャーナリズムは、かたちは違うけれども、アクティビズムでもあると私は思うの』
──ソフィア・ファン
(黄雪琴/ジャーナリスト)

  中国で#MeTooについて報じることは危険を伴う。

 しかし、権力による検閲に負けず、多くの女性たちの声を伝えることを諦めなかったジャーナリストがいる。ソフィア・ファン(黄雪琴)だ。私と同世代で、そして互いにアジアでの#MeToo報道のありかたについて強い関心をもっていた。2018年10月、ソウルでのアジア調査報道大会で出会い、すぐに意気投合した。

  驚くほどの行動力で前進してゆく強さと、周囲に温かな言葉をかけてまわる優しさをもつ人──それが、友人たちの話すソフィアの姿であり、私の知るソフィアだ。

 そんな彼女をこの「真実を届ける仕事」で紹介させてほしいと、取材のため香港で再会したのは今年6月のことだった。掲載準備を進め、9月に追加質問を送った。ところが1週間経っても、普段はすぐに返事をくれるソフィアからの連絡がない。再度メッセージを送っても、返事は来なかった。

 ソフィアは広州(広東省)から香港に拠点を移し、今年9月から香港大学で修士課程を始める予定だった。準備に忙しいのだろうと思いつつ、前回会った6月、「学生ビザの手続きで中国に戻らなくてはいけないけれど、今行ったらどうなるかわからない」と話していたことが気にかかった。

 9月下旬、ソフィアを知る香港のあるジャーナリストから、思いがけない事実を知らされた。中国へソフィアが戻ったところ、彼女のパスポートが当局により取り上げられ、連絡がつかない状態になっているというのだ。慌ててソフィアの弁護士に連絡を取ろうとしたところ、弁護士とも、ソフィアに関して直接連絡が取れなくなっていた。

 彼女の状況が不透明なまま1カ月が経った頃、香港紙 South China Morning Postは、ソフィアが「騒動挑発罪」の疑いで地元警察に拘束されたと伝えた(2019年10月24日)。容疑の詳しい内容は不明だという。「今行ったらどうなるかわからない」とソフィアが恐れていたことが現実になってしまった。

 なぜ彼女が拘束されなければいけないのか。
 ソフィアは、自身を危険にさらしながらも、「真実を届ける仕事」を続けた。
 ジャーナリストとして、一人の女性として、道を切り開いていった彼女のこれまでを知ってほしいと願い、この記事を書いている。

中国の女性たちはいま

 「MeTooという言葉は絶対に使わないでください。検閲されてしまうので」
 著書『Black Box ブラックボックス』(2017年、文藝春秋)が中国本土で刊行されることになり、今年7月、出版イベントで上海を訪れるとこう言われた。
 「フェミニズムについても語るのは避けること」
 テーマが性暴力であり、フェミニズムにも関わるこの本を中国本土で出版できたことは、出版関係者にとっても良い意味で予想外のことと現地で知った。

 毛沢東の「女性は天の半分を支える」という有名な言葉があるように、中国共産党は男女平等を強調し、男性中心の人々の意識や慣習は依然として根強いとはいえ、中国では早くから女性の社会進出が進んできた。

 ところが、近年、大きな変化が指摘されている。世界経済フォーラムによるジェンダーギャップ指数は2008年の57位から2018年には103位へと大きく後退し(日本は110位)、1990年には4人に3人の女性が働いていたところ、ILOの統計によれば現在その割合は61パーセントにまで減少しているという( “A Prosperous China Says  ‘Men Preferred,’ and Women Lose.”  The New York Times /2019年7月16日)。

 2015年には、3月8日の国際女性デーに向けて、北京や広州などで5人のフェミニストがセクシャルハラスメント反対のキャンペーンを計画していたところ、「騒動挑発罪」にあたるとして実行の直前に公安当局に次々と拘束され、1カ月ものあいだ刑事拘留された。また近年、特に大学でのセクシャルハラスメントについて女性たちが粘り強く声を上げてきたが、当局はネット上を含め言論規制をいっそう強めていたりと、中国で性暴力、セクシャルハラスメントについて語るのは容易なことではない。

 そんななか、ハリウッド発のスクープを受け、女性たちが世界中で声を上げ始めた2017年秋、ソフィアは、中国での#MeToo運動の先駆けとなるアクションを起こした。SNS上で自らと周囲の女性記者が体験したセクシャルハラスメントについて明らかにし、「#METOO」と書いた紙をもった自身の写真も発信したのだ。

提供:Sophia Huang
「METOOは、私たち皆にとってのアラームだった。個人で立ちあがる勇気はなかった。でも一緒なら強くなれる」
 ニューヨーク・タイムズ紙のインタビューにソフィアはこう答えている( ‘Me Too,’ Chinese Women Say. Not So Fast, Say the Censors.” The New York Times/2018年1月23日)。

メディア内の実態を明らかにしたアンケート

 ソフィアは中国のある国営メディアに就職して間もない2012年、ベテラン記者だった上司からセクシャルハラスメントの被害を受けた。
 出張中、上司が宿泊先のソフィアの部屋で仕事をしようと言い、ソフィアは締切が迫っているためだろうと了承した。しかし、作業を続けていると膝に手が置かれ、驚いて立ち上がると、上司の行動はさらにエスカレートした。
 「何が起こっているのか、理解するまでに時間がかかりました」
 動揺しながらもソフィアはとっさに男性に蹴りを入れ、何とか自分の部屋から逃げ出した。

 そのまま被害の事実を誰にも相談できず、1カ月後、ソフィアは会社を辞める。新しい職場に移り、やはり記者としての仕事を続けていた。同じ加害者が、他の女性たちにもセクハラをしていたことを知ったのは、それから数年後のことだ。

 「私が何もしなかったから、他の人にも同じ経験をさせてしまったのかと思うと本当に苦しくなりました」
 この思いが、後に「中国女性記者職場セクシャルハラスメント状況調査」の実施へとつながった。

 中国で働く女性ジャーナリストたちからアンケートを募り、集まった回答は400以上。そのうち約84パーセントの記者たちがセクハラを経験していたことがわかった。しかし、職場に報告されたケースは約3パーセント、警察に報告されたのは0.6パーセントに過ぎなかったという。また、半数の女性は、25~34歳の間に被害を経験している。
 「調査の結果、職場に入ったばかりで、プレッシャーを感じながらも一生懸命になって働いている時に、そうした事件が起こりやすいことがわかりました」
 アンケートの結果は、ソフィアの経験とピタリと重なった。

大学でのセクハラ防止を求めて

 ソフィアの「#MeToo」は、他の女性たちのアクションにもつながっていった。

 2019年1月1日、米国在住のルオ・シーシー(羅茜茜)は、北京航空航天大学の陳小武教授から受けたセクシャルハラスメントについて、中国版TwitterともいわれるWeibo(微博)上で明らかにした。12年前の自身の体験を初めて語ったルオによる実名告発は大きな反響を呼び、Weiboの閲覧回数はその日のうちに300万回を超えたという。

 ルオは博士課程修了後、アメリカに移住し、シリコンバレーの会社に勤務していたが、ソフィアの#MeTooをめぐる発信やセクハラ調査を知り、彼女に連絡を取った。
 どの国においても、セクシャルハラスメントの事実を証明するには高いハードルがある。ソフィアは、ルオの主張を裏付ける様々な事実を集めるなど、ジャーナリストとしての協力を惜しまなかった。1月1日の告発直後には、事件の詳細や他の被害者の証言を書いた記事を中国メディアやSNS上で発信している。
 「沈黙を打ち破る、羅茜茜は勇気を12年間蓄積した」──これが、ソフィアの記事のタイトルだったという(遠山日出也氏ブログ『中国女性・ジェンダーニュース+』「中国における#MeTooとキャンパスセクハラ反対運動」より)。

 「新しい1年の始まりに、新しいことを。だから私たちはこの日を選んだの」と言いながらソフィアは微笑んだ。それは、確実に何かを変える一歩だった。

 記事が世に出ると、「中国の有力大学でこんなことが起きていたのか」と、大学の教育環境を憂慮する反応が多く見られたという。
 また、ソフィアのもとには多くのセクシャルハラスメント、レイプ被害を経験したサバイバーたちから「自分の経験についても書いて欲しい」との連絡が絶えず届いた。
 「多くの人たちから、被害後どうしたらいいのかわからなかった、今もどうすればいいのかわからない、という声が多く寄せられました。PTSDなどに苦しむ人も少なくなく、精神的、法的なサポートが必要なこともわかりました」

 どうすれば、被害を受けた人たちが専門的な支援にアクセスできるようになるか。ソフィアは、広州ジェンダー教育センターの代表であり、2015年に拘束されたフェミニストの一人、ウェイ・ティンティン(韋婷婷)をはじめとする仲間たちと、協力してくれる精神科医や弁護士を集め、橋渡し役を担った。

 また、元日の告発から間もなく、ルオとソフィアたちは、北京航空航天大学に向けて、キャンパスでのセクハラ防止のメカニズムを求める署名活動も行なっている。この動きに続いて、全国の各大学で中国教育部に対しセクハラ防止を求める建議書への署名活動が広がり、94大学、8000人以上の学生の署名が集まったという。

 「どうしたら大学のキャンパスでこれ以上セクハラを起こさないメカニズムができるのか。ガイドラインをつくらなくてはと思いました」

 ルオの告発から10日後、北京航空航天大学は、調査の結果、陳小武の教員資格を取り消したと発表した。

書いた記事が消されていく

 一連の#MeToo関連の記事を書いたことで、多くの女性たちをエンパワーしていった一方、ソフィアは中国本土のメディアで記事が発表できなくなっていった。
 「たくさん記事を書きました。でも何が変わったのか? 次は何をすればいいんだろう。そんなことを日々考えるようになりました」
 この頃から、ソフィアは住んでいた広州から香港に通い、香港のメディアに寄稿するようになる。

撮影:Shiori Ito

  記事が消されるだけでなく、中国の公安当局から何度も連絡が来るようになった。ある時、公安当局者はソフィアのパートナーの職場を訪れ、「いま、君の彼のオフィスにいる。話にきてくれないか?」と電話してきたという。
 「私の電話番号を知っているにもかかわらず、あえて彼の職場から電話をしてきました」
話がしたいと指定されたのは高級ホテルのレストランだった。
 「こんな高いところでは食べられない。野菜だけ頼みますから、用件はなんでしょうって伝えました」

 公安当局者はブリーフケースの中から書類を出して、「君は問題がなさそうだ。何も見つからなかった」とソフィアに告げたという。
 「何か粗探ししようと、私が何年も前に働いていた会社の上司にまで連絡していました」
 この時、中国を離れて、海外に行ったらどうだと勧められた。
 「中国政府にとって都合の悪い若者が留学を勧められるのはよくあること。天安門事件のようになるのを恐れているんだと思う」これは当局からの警告でもあった。
 ソフィアは2019年1月、故郷の広州を離れた。

自国を追われた記者たちと

 インタビューのため香港でソフィアに会った2019年6月、香港社会は新たな分岐点を迎えた。同月9日には、逃亡犯条例改正案の撤回を求めて、100万人を超える人が参加する大規模なデモが起きた。ソフィアはその翌日、Mattersというオンラインメディアで香港、中国本土の読者に向けて2言語で記事を発表した。Weiboにも投稿したが、こちらは数時間後に消されてしまったという。

香港中心部、警察本部前でのデモ(2019年6月21日)、撮影:Shiori Ito

 「中国メディアは香港で起きていること、真実を伝えていなかった。平気で嘘を伝える報道に携わる人々の姿に怒りさえ感じました」

 記事を投稿した日の深夜、ソフィアの両親の家とパートナーの家に公安当局者がやってきた。「彼女に中国へ帰ってくる必要があると伝えてほしい」。そう伝えられ、両親やパートナーはソフィアに「逮捕されるから、帰ってくるな」と警告した。

 中国でジャーナリストが逮捕、拘束されることは、ソフィアの身の回りでも過去に起こっていたことだった。

 ソフィアの生まれ育った広州は香港と近く、電車で1時間ほど。これまで家族やパートナーに会いに、よく行き来していた。愛する人たちと、次はいつ会えるのか。家へ帰れないソフィアの不安は、隣にいる私にも伝わってきた。何か方法を一緒に考えようと言葉をかけながらも、実際はどうしたらいいのかわからなかった。

 「香港まで来て自由を奪われるとは思ってもみなかった」──ソフィアは言った。

 インタビューの後、私たちは丸テーブルを囲みながら他の5人のジャーナリストや弁護士たちと香港料理を食べた。誰もがその時に起きていたデモについて話していた。このテーブルにはソフィアと同じように中国で活動できなくなり、香港へ移ったジャーナリストもいた。
 中国だけではなく、シンガポール出身の記者も同じ理由で香港に移り住んでいた。
 「国境なき記者団」の発表する報道の自由度ランキングによると中国は177位、シンガポールは151位だ(2019年、日本は67位)。自分の生まれ育った国で真実を伝えること、ジャーナリストとして活動することができなくなった人たちが、どうしたら自国に向け報道できるのか、問題を共有しながら話し合っていた。

 止められても何とか発信し続けようと方法を模索する彼らの姿から感じたのは、絶望ではなく、報道への希望だった。

「報道だけじゃ足りないって気づいた」

 ソフィアはその時、9月から香港大学の修士課程で学ぶ意気込みについても語っていた。

撮影:篠田英美

 「ジャーナリズムを諦めたわけじゃない。私は死ぬまで書き続けると思う。でも、報道だけじゃ足りないってことに気づいたの。法律を学び、人権、人として生きる権利を学ぶことはジャーナリズムを続けていくのに重要なツールだし、武器にもなりえる」

 逆境をもチャンスと捉え、次のステップへ生かしたい。将来について目を輝かせながらソフィアは話した。

 この秋、多くの学生たちが新学期を迎えたが、ソフィアの姿は香港大学にはない。教室にいるはずだった彼女は現在、広州の白雲地区にある看守所で拘束されている。

 「ジャーナリズムは、かたちは違うけれども、アクティビズムでもあると私は思うの」
 そうインタビューの終わりにソフィアは言った。人々の声を集め、伝えたことで人々を動かした彼女の言葉には説得力があった。

 ソフィアがなぜ拘束されたのか。#MeTooの記事が原因なのか、香港のデモに関する発信が問題視されたのか、具体的な理由は当局から明かされていない。しかし、彼女が人々へ情報を届けるために、故郷や家族、パートナーと離れてまでも書くことをやめなかったこと、それだけは変わらない事実だ。

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著者略歴

  1. 伊藤 詩織

    ジャーナリスト、ドキュメンタリー制作者。映像ニュースやドキュメンタリーを制作するHANASHI FILMSをロンドンで共同設立し、ジェンダー、人権問題にフォーカスを当て発信する。初監督をしたChannel News Asia “Lonely Deaths”、撮影を担当したAl Jazeera “Racing in Cocaine Valley”がそれぞれ2018年New York Festival銀賞を受賞。 著書『Black Box ブラックボックス』(文藝春秋)は現在、韓国、中国、台湾、スウェーデン、フランスでも翻訳出版されている。2019年ニューズウィーク日本版の「世界が尊敬する日本人100」に選ばれる。

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