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真実を届ける仕事──世界のジャーナリストに会いに行く

第3回 高校生記者が書いた「銃乱射事件」〈真実を届ける仕事〉

撮影:Shiori Ito

「クローゼットから出て、生徒たちはもうスマートフォンで写真や動画を撮影していました。取材はこの時から始まっていたのです」
── メリッサ・ファルコウスキ
(マージョリー・ストーンマン・ダグラス高校教員・学校新聞「イーグル・アイ」顧問/写真左)

 

「すべてのエネルギーと集中力をメモリアル記事の1500語に注ぎました」
── ダラ・ローゼン
(ダグラス高校生徒・「イーグル・アイ」メンバー/写真右)

 バレンタインデーということ以外、何も日常と変わらない授業中だった。教室で非常警報と銃声が聞こえるまでは──

 2018年2月14日、アメリカ南東部フロリダ州・パークランドのマージョリー・ストーンマン・ダグラス高校で無差別銃撃事件が起きた。生徒と教員ら34人が銃弾を浴び、17人もの命が奪われてから、2年が経とうとしている。

 ダグラス高校の生徒たちが事件後、自らの手でつくりだしていった運動は、アメリカ社会にこれまでにない大きなうねりをもたらした。「March for Our Lives(いのちのための行進)」は、その象徴だ。事件翌月に首都ワシントンで行なわれ、約80万人が参加したという。

ワシントンでの「いのちのための行進」
ワシントンでの「いのちのための行進」
March for Our Lives” by Phil Roeder is licensed under CC BY 2.0

 同じ日、全米各地の約700カ所で銃規制強化を求めて人々が声を上げた。
 私もニューヨークでのデモに参加した。小学校でプラカードをつくってきたという子どもたちや、ベビーカーを押しながら参加する家族など、子どもから大人まで垣根を越えた人々が集まっていた。時にワシントンから中継されるダグラス高校の生徒たちの声に耳を傾けながら、セントラルパークの脇をゆっくりと歩いた。

 アメリカでは、これまでも幾度となく悲劇が繰り返されてきた。
 近年では、フロリダ州オーランドのナイトクラブ(2016年)、ネバダ州ラスベガスの野外音楽フェスティバル会場(2017年)で、それぞれ死者49人、58人の「過去最悪」と言われる銃乱射事件が相次いだ。そしてコロラド州コロンバイン高校(1999年)、バージニア工科大学(2007年)、コネティカット州サンディ・フック小学校(2012年)など、本来もっとも安全であるべき学校でもこのような事件が後を絶たない。

 「真実を届ける仕事」第3回では、ダグラス高校の学校新聞「イーグル・アイ」顧問であるメリッサ・ファルコウスキと、同校の生徒でイーグル・アイ記者であるダラ・ローゼンのインタビューをお届けする。

 ダグラス高校の学生記者たちは、被害者、サバイバーとして銃乱射事件に直面しながら、他にはない視点で自分たちのジャーナリズムを実践していた。

教室のクローゼットの中で決めたこと

 メリッサはダグラス高校で英語とジャーナリズムを教えている。この高校の教壇に立って15年。その日も普段と同じように仕事を始めた。
 午前中のクリエイティブ・ライティングの授業では、バレンタインデーにちなんで、生徒たちが「恋愛アドバイス」のコラムを執筆していた。教室は、チョコレートに風船、カーネーションの花やぬいぐるみなどで埋め尽くされていた。大好きな人に日頃の感謝や愛を伝えようと、生徒それぞれが計画していたのだ。
 2限が終わると、ランチの前に非常警報が鳴り、毎月恒例の避難訓練が行なわれた。
 次の3限は、メリッサが顧問を務める学校新聞のクラスだった。アメリカの高校では、選択科目などでジャーナリズムのクラスがあることは珍しくない。年4度刊行されるイーグル・アイの次号をどうするか、話し合っていた午後2時21分にまた非常警報が鳴った。

 1日に2回も、しかも授業中に警報が鳴るのは珍しい。しかしメリッサはマニュアル通り、クラスの生徒に避難準備を指示した。状況を確認しようと教室の外に出て、他の教員に事情を聞いた。誰かが防犯ベルを鳴らしたのだという。生徒のいたずらだろうと呆れて教室に戻ろうとしたその時、校内スピーカーから「コード・レッド! コード・レッド!」と聞こえた。
 それは深刻な緊急事態を──多くの場合、銃撃犯など「侵入者」による「差し迫った脅威」が発生していることを──意味していた。

 廊下にいた生徒たちも教室に呼び、ドアを閉めて鍵をかける。外から教室の中が見えないようドアのガラス戸に紙を貼った。改めて生徒の点呼確認を行ない、教室の電気を消す。そして、銃撃犯が入ってきたら待機すると決めていた教室の隅に集まった。
 メリッサは、その時スマートフォンで「マージョリー・ストーンマン・ダグラス高校」と検索してみた。目に飛び込んできたのは、「銃撃された」との言葉。そこで、教室のクローゼットに19人の生徒と隠れることにした。中の荷物やカートをだし、やっとのことで全員入ることができた。クローゼット内は真っ暗で、蒸し暑かった。

 これは本当に起こっていることなのか。検索結果を見た後でも、メリッサはどうしても信じられなかったという。以前、抜き打ち訓練をやるとも聞いていた。
 「クローゼットで生徒たちに冗談で言っていたんです。こんな恐ろしい訓練を経験させられるなんて! 次号は予定をすべて変更して、このことを書かなきゃ──イチからやり直しねって」

 しかし、生徒たちのスマートフォンにも情報が次々と流れてきた。スナップチャットで回ってくる悲惨な写真は、紛れもなく見慣れた校内で撮られたものだった。教員間のグループチャットにも状況がアップデートされていた。窓から襲撃され、同僚から腕を負傷したとのメッセージも届いた。これは訓練ではない、とやがて確信した。
 クローゼットの中から、生徒たちは家族や愛する人たちにメッセージを送っていた。ニュースを聞いたメリッサの母からも電話があった。生徒の前で感情的になってはいけない。その思いで何とか一言だけ返事をし、すぐ電話を切った。
 それから1時間以上が過ぎた頃、警察のSWAT(特別機動隊)チームが鍵を開けて教室に入ってきた。

 「クローゼットから出て、生徒たちはもうスマートフォンで写真や動画を撮影していました。取材はこの時から始まっていたのです」

「被害者」でなく人として書いて

 事件は全米、全世界で報じられた。学校の周りを報道陣が取り囲み、生徒や教員にとっての「日常風景」はガラリと変わった。
 慣れ親しんだ学校が惨劇の現場となり、非日常的な映像、断片的な情報によって伝えられる「現実」が、メリッサや生徒たちに押し寄せてきた。

 加害者や命を奪われた人たちの顔写真がメディアに氾濫した。メリッサは、生徒たちの写真がSNSから引用され、繰り返し使われていることに強い違和感をもった。

 「なんて言えばいいのか、彼らが非人間的に扱われている気がしました。ある人生を歩んできた、一人の人間だったことが無視されたというか。画質の悪いSNSの写真で『あの被害者』として報道されているように思いました」

 事件翌日、ともにクローゼットに隠れ、助かった生徒たちにメリッサはメッセージを送った。

 「今日はあなたたちに、本当に難しいことを提案したいの。今晩、キャンドルを灯しての追悼会が行なわれます。私たちはそれを取材しなければならないと思う。私たちには、学校で何が起きたのか、そして亡くなった人、負傷した人たちのストーリーを伝えるという、ジャーナリストとしての使命があるからです。彼らのストーリーを伝えることにかけて、私たちに優る人はいないはず」
 「だからもし何かのイベントや追悼会に参加したら、携帯でもいいので写真を撮ってみて。あるいは、もしインタビューを行なえそうなら。そうすれば事件後の出来事や人々の気持ちを記録に残すことができる」

 その言葉どおり、当事者である学生記者がすぐに取材に着手するのはあまりにも難しいことだった。同じメッセージの中で、メリッサは、もちろん取材に向かえない人がいることも理解している、自分はいつでもそばにいる、と語りかけた。

 このメールを受けとったイーグル・アイのスタッフのうち、2人の生徒は事件当日の出来事、そして、日没後に行なわれた追悼会に関する記事をすぐに執筆し、オンライン版で報じた。

加害者は書かない──誰が読者なのか

 事件から数日後、街の本屋の片隅にイーグル・アイの編集メンバーとスタッフらが集まった。学校に戻ることが許されていない中、編集会議が行なわれたのだ。

 次号の内容は、亡くなった17人のメモリアル特集に決まった。
 編集メンバーの生徒、レベッカ・シュナイドは、この号では「加害者について一切書かない」という方針を示し、断固たる姿勢をとった。

 当時の議論を振り返り、メリッサはこう語る。
 「加害者をカバーしないというのは、最初はあまりに感情的な決断に感じられて、この点はまた後で議論しようと考えていたんです」
 「でも、すでにメインストリームのメディアによって、加害者の顔写真や行動などが毎日報じられていました(事件当時19歳のニコラス・クルーズ被告はダグラス高校の元生徒だった)。もちろんそれは公共に対して有意義な情報でしょう」
  「一方で、生徒たちは議論のすえ、『私たちの読者は誰か』と深く考えるようになった。私たちはアメリカの国民や全世界に向けて書いているのではない。あくまでも読者は生徒とその家族なんです。それで、自分たちの読者に対して思いやりをもつこと、そしてそれを伝えることが大切だとわかりました」

 亡くなった人は、それまでどんな人生を送ってきたのか。身近な人に取材し、1500語でまとめ、各2ページで構成するというプランが固まった。

 すべての家族がインタビューに対しオープンな姿勢だったわけではない。
 しかし、中には大手メディアのインタビューには一切応じなかったが、学校新聞の取材には答えてくれるというケースもあった。ニコラス・ドゥウォレットの遺族もそうだった。
 「彼の家族は、ニコラスが使っていたベッドルームで取材に答えてくれました」
 メリッサはこう話した。記者が見たのは、ごく普通の男の子の部屋だった。まるでつい昨日までそこでニコラスが生活していたように感じたという。
 「彼の部屋で、その記者は、秘密のオレオの隠し箱を見つけたんです。そうやって生徒たちは、他のメディアでは伝えられない、素顔の彼について書くことができました」

書くことが「グリーフ」に向き合うプロセスに

 メリッサと一緒にインタビューに応じてくれたダラも、友人の弟・マーティンについての記事を担当した。

 「いろんなチャレンジがありました。愛する人を失った家族に、インタビューしたいと話をしに行くのは簡単なことではなかったです。でも、マーティンのお兄さんは私の幼なじみで、知らない記者や生徒よりは話しやすいかもしれないとも考えたんです」
 「弟を失った彼はまだ思いを言葉にできないと言って、私もそれを尊重したいと思いました。それで他の家族の話を聞いたのですが、言葉の壁があって、両親には直接インタビューできませんでした。こうしたケースは他にもありました。それに、話すための心の準備ができていない、という人はとても多かった」
 「それでも、書くことは、私自身のグリーフ(喪失に対する悲しみ)に向き合うことにもつながりました。すべてのエネルギーと集中力をメモリアル記事の1500語に注ぎました。他の記者たちも同じで、この特集号に私たちのすべてを注いだのです」

イーグル・アイのメモリアル号
イーグル・アイのメモリアル号
マーティン、ニコラスの記事
ニコラスの記事
マーティン、ニコラスの記事
ダラによるマーティンの記事

 メモリアル号の原稿を書いたり、繰り返し読んで編集したりする作業は、スタッフの誰にとっても、心をすり減らす仕事だった。休み休み進まなければ、苦しい場面がたくさんあったという。

 しかし同時に、多くの生徒たちにとって、メモリアル号の編集は、個人の恐怖や悲しみが置かれた広い文脈を理解するプロセスとなった。ダラが述べたように、記事を表現するということが、グリーフケアやヒーリングにつながったとメリッサはふりかえる。
 「この時ばかりは、いつもの報道倫理は考えませんでした。普段なら客観性を考えて、たとえば野球部の生徒には野球部の問題については書かせません。でも今回のようにセンシティブなテーマでは、取材する側/される側がパーソナルなつながりをもっていることが重要でした」

ジェネレーション・コロンバイン

 March for Our Livesを組織したダグラス高校の生徒は、「私たちはマス・シューティング(銃乱射による大量殺人事件)世代だ」と語る( “Parkland Students: ‘We’re The Mass Shooting Generation’” HuffPost/ 2018年3月19日)。

 彼らは「ジェネレーション・コロンバイン」「ジェネレーション・ロックダウン(ロックダウンは銃をもつ侵入者から身を守るため、教室にたてこもる訓練のこと)」などとも言われる。つねに学校での銃撃の対象になり得ると想定し育った世代ということだ。1999年のコロンバイン高校での事件以降、銃撃を想定した訓練を行なう学校が増えた。ダグラス高校の生徒たちのほとんどはこの事件後に生まれた。

 実際、メリッサの生徒たちもこの訓練を受けていた。それで「コード・レッド」と聞き、ハード・コーナー(外部から一番銃弾を避けやすい教室の角)に素早く身を隠したのだ。中には防弾機能のあるバックパックを学校カバンとして持たせる親もいる。銃撃の発生を前提にした訓練が定期的になされることで、子どもたちの心理に影響が出るのではと懸念する専門家もいる。
 コロンバイン高校の事件から約20年。恐怖と隣り合わせの学校生活にはうんざりだ、こんな「世代」は自分たちで終わりにしたい──ダグラス高校での事件後、SNSには「#Enough is Enough(もうたくさん)」「#Never Again(二度と繰り返すな)」とのメッセージがいっせいに現れた。全米の生徒たちが声を合わせた、必死の叫びだった。

 メリッサは、生徒たちが始めたMarch for Our Livesは、#Black Lives Matterや#MeTooなどSNSを通して大きく発展したムーブメントも影響しているのではないかと語る。
 「誰もが性暴力を受けたくて受けたわけじゃない。私たちだって、撃ってくださいなんて頼んでない。でも人はそんな経験をすると、これ以上同じことが起きないようにと責任を感じるのです。その時、個人が発信できるソーシャルメディアの役割はとても大きい」
 「他方で、SNSは最悪な場所にもなりかねません。インターネット上では16歳の子に対しても、本当にひどい誹謗中傷が加えられるのですから」

 March for Our Livesの先頭に立つダグラス高校のデイビッド・ホッグやエマ・ゴンザレスは、執拗な個人攻撃にさらされながらも、精力的に発信し続けている。彼らについてメリッサとダラはこう語った。
 「彼らはどんなところで話しても堂々としていて、居心地がよさそう。いつも自信をもっているの」(ダラ)
 「その強さは、自身をよく理解し、自然体で自己表現ができることからきていると思います」(メリッサ)

 また一つ銃乱射事件が起きても、自分を含め生徒たちはもう驚かなくなっている。そのことが悲しい──デイビッドは事件の翌日、取材にそう答え、アクションを起こすべきと呼びかけた。後には、ダグラス高校の事件で被害に遭ったのは比較的裕福な、多くは白人であったことから、「もしも郵便番号が少しでも違う地域だったら、同じようにニュースで取り上げられていなかったかもしれない」と銃暴力と差別についても指摘している(“How Teenage Shooting Survivor David Hogg Became a Political Leader” The Guardian/ 2018年12月12日)。
 March for Our Livesに参加する若者たちは、大々的に報じられる銃乱射事件だけでなく、より頻繁に銃犯罪の危険にさらされている都市で集会を開くなど、意識的に他の地域の若者たちと議論し、運動を大きく広げていった。

投票したい できないなら伝える

 イーグル・アイのメンバーにも、March for Our Livesの中心的な存在としてステージ上でスピーチをした生徒がいる。さまざまなアクションが展開されるなか、ニューズルームでは議論の場がもたれた。そこで生徒たちは、アクティビスト(活動家)としてイベントに参加する時は、記者としての取材を行なわないこと、代わりに誰か他の記者がそのイベントをカバーすることなどを確認したという。

 「ジャーナリズムとアクティビズム、このふたつが一緒になることで変化は生まれる」
 先述の編集メンバー・レベッカは、CNNのインタビューでこう語った。
 そこでの発言は乱暴に要約されて拡散され、「ジャーナリズムはアクティビズムではない」などというバッシングも招いた。だがメリッサは、「生徒たちはアクティビズムとジャーナリズムの区別は心得ています。そのうえで多くの役割を果たす人もいるということです」と語る。

 後に、イーグル・アイはアクティビズムの特集を組んだ。報道を超えて論説に踏み込んだのは初めての試みだった。しかし、著名なジャーナリストでありながら、参政権をはじめ女性の権利、そして環境保全のために力を尽くした活動家の名前を冠した高校であることが、生徒たちの背中を押してくれたという。

 メリッサとダラへのインタビュー中、先生の話に聞き入っていたためか、ダラの口数はそれほど多くなかった。
 二人はジャーナリストの国際会議に出席するために渡英しており、かぎられた旅程のうち、この取材のため早朝の時間を割いてくれていた。しかし、時差ボケがまだ残っているとも話したダラが、目を輝かせて発言したトピックがある。
 「やっと自分たちの命を守るための投票に行ける!」

 ダラはもうすぐ18歳になる。これまでいくら銃規制の強化を求めても、投票によって、直接の意思表示ができないことがもどかしかったという。
 ダラと同様、2018年11月の中間選挙で投票できなかったダグラス高校の生徒たちは、家族や周りの大人に対してさまざまな形で働きかけを行なった。「いのちのために投票を!」とネット上でダウンロードできるプラカードをつくったのもその一例だ。

撮影:Hanna Aqvilin
撮影:Hanna Aqvilin

 また、ダラは、イーグル・アイ記者としての忘れられない取材として、2018年3月のバーニー・サンダース上院議員へのインタビューについても語った。
 「草の根のアクティビズムについての彼の考えを聞いたんです。素晴らしい経験でした。彼は、若い記者やアクティビストたちを本当に勇気づけようとしていました」

 イーグル・アイとガーディアン紙アメリカ版とのコラボレーションの一環として、政治家へのインタビューが実現したのだ。学生記者たちは何人かの候補を挙げたものの、保守派の議員らは消極的だった。対面取材に応じた唯一の政治家がサンダース議員だったという。

 ダラとレベッカは、現在の銃規制に関するサンダース議員のスタンスや、なぜ過去に銃規制法案に反対票を投じたことがあったのか、そしてトランプ大統領は本当に事件後の言葉どおり、NRA(全米ライフル協会)に戦いを挑む勇気があるのかなど、どんな質問でも投げかけた。議員はそれらに答え、記者たちを激励した( “Parkland Students Interview Bernie Sanders: ‘Your Generation Has the Power to Change America’” The Guardian/ 2018年3月23日)。

大人たちがドギマギする記事

 インタビュー時はジュニア(日本の高校2年生)だったダラは、もうシニア(高校3年生)として卒業を控えている。大学でもジャーナリズムを学び、記者になって司法や犯罪の分野の取材をしたいと話してくれた。

 メリッサがイーグル・アイの顧問になったのは5年前のこと。修士課程でジャーナリズムを学んだ。彼女も高校の新聞部で活動し、ジャーナリズムの先生に大いに力づけられたという。
 「私も次の世代のジャーナリストたちをエンパワーしたいと思い、教える道を選びました」

 そんなメリッサは、どんなトピックでも、生徒が書きたいと思ったことをまずは取材させ、挑戦をうながすという。
 「書き終わったら、その取材のバランスが取れているか、倫理的かどうか、生徒たちと議論します。いろいろと物議をかもすテーマを選ぶ生徒もいます。だから、記事を発表してから校長室に呼ばれることもあるんです。それでも生徒たちによく伝えるのは、大人たちがドギマギするような記事だったら、それはいい仕事をしているってこと」
 「アメリカの10以上の州では、学生ジャーナリストの権利が法律によって保障されています。その中でもカリフォルニアなどは一歩先をいっていて、学校当局から検閲されたり、学校新聞の顧問やアドバイザー、教師などが、生徒の報道が原因で解雇されたりしないように守られるようになっています」

撮影:Hanna Aqvilin
撮影:Hanna Aqvilin

ムーブメントへの答えは

 ダグラス高校の生徒をはじめ、全米で若者たちが銃規制を求める大きなムーブメントを起こした後にも、銃乱射事件は続いている。2019年夏、テキサス州エルパソのウォルマートでヒスパニック系の人々を狙った銃乱射事件が起き22人が死亡した。
 アメリカで2019年に銃で撃たれ死亡した人は1万5000人を超える(「米の銃による死者2年ぶり1万5000人超」NHKニュース/2020年1月4日)。また、事故や自死を含めると、銃による死者は過去最悪となった2017年からほぼ横ばいで、2018年も約4万人が亡くなっている( “Firearm Deaths Hold Steady After Record-Setting 2017” KCUR/ 2020年1月30日)。

 フロリダ州議会は2018年3月に銃購入資格年齢を18歳から21歳に引き上げる州法を可決した(Marjory Stoneman Douglas High School Public Safety Act)。州レベルでは同年、76の銃規制関連法が可決しているという。NRAのデータによれば、成立した銃規制の法案が、銃支持の法案を上回るのは6年ぶりとのことだ。一方、連邦レベルでの法制化は困難な状況にある。2018年12月、アメリカ司法省は、「バンプストック」(半自動小銃に取り付けて連射を可能にする装置)禁止を発表したが、重要な変化はこれにとどまると指摘されている( “Parkland Shooting: Where Gun Control and School Safety Stand Today” The New York Times/ 2019年2月13日)。

 ダグラス高校の名前が記された先述の州法では、学校のセキュリティと安全性を高めるために、たとえば、どの学校も校内への入り口を1つにすること、そしてその入り口には武装した警備員を配置することなどを義務づけている。

 はりめぐらされた高いフェンス、武装した警備担当者のパトロール──子どもたちがまるで刑務所のようになってしまった学校へ通うことが、このムーブメントの答えなのだろうか。
  社会に出たイーグル・アイのジャーナリストたちは、どのようにこの問題を追いかけていくのだろう。そして、「ジェネレーション・コロンバイン」を生み出してしまった大人たちは、どのように彼らの声に耳を傾け行動すべきなのだろう。

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著者略歴

  1. 伊藤 詩織

    ジャーナリスト、ドキュメンタリー制作者。映像ニュースやドキュメンタリーを制作するHANASHI FILMSをロンドンで共同設立し、ジェンダー、人権問題にフォーカスを当て発信する。初監督をしたChannel News Asia “Lonely Deaths”、撮影を担当したAl Jazeera “Racing in Cocaine Valley”がそれぞれ2018年New York Festival銀賞を受賞。 著書『Black Box ブラックボックス』(文藝春秋)は現在、韓国、中国、台湾、スウェーデン、フランスでも翻訳出版されている。2019年ニューズウィーク日本版の「世界が尊敬する日本人100」に選ばれる。

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