web岩波 たねをまく

岩波書店のWEBマガジン「たねをまく」

MENU

都甲幸治 青春文学のアメリカ

7 自分の声を見つける──チャールズ・ブコウスキー『くそったれ! 少年時代』

チャールズ・ブコウスキー『くそったれ! 少年時代』(中川五郎 訳、河出書房新社、河出文庫、2024年)
チャールズ・ブコウスキー『くそったれ! 少年時代』
(中川五郎 訳、河出書房新社、河出文庫、2024年)

生まれは選べない

 私たちは生まれてくる時代も場所も選べません。そして、両親がどういう人物かも自分では選べないのです。それはあまりにも当たり前すぎて、ふだん私たちはそのことを忘れています。けれどもどうでしょう。たくさんの不幸が重なって、生まれたそのときから大きな壁として立ちふさがるとしたら。

 チャールズ・ブコウスキーの自伝的小説、『くそったれ! 少年時代』(河出文庫)には、主人公であるチナスキーがほんの幼いころから直面せざるを得なかった苦境が、これでもかというほど描かれています。たとえば、ドイツで生まれ、幼いころアメリカ合衆国に移住したチナスキーは、周囲の人々からいきなりドイツ人に対する差別やいじめに見舞われます。時代は第一次世界大戦直後の1920年代で、かつての敵国出身であり、明らかにドイツ訛りのあるチナスキーは、格好の標的だったでしょう。

 とはいえ、もし家族がチナスキーの味方になってくれていたら、事態はそれほど悪くはなかったはずです。けれども、彼の生まれ育った家庭には大きな問題がありました。たとえばチナスキーの祖父は飲んだくれで、祖母とは別居していました。そして父の兄も弟もやはり、アルコールの問題を抱えていたのです。

 そんな中で、チナスキーの父親は一滴も酒を飲みませんでした。そして、こう言います。「わたしは酔っぱらいが大嫌いだ! わたしの親父は酔っぱらいだった。わたしの兄弟も飲んだくれだ。酔っぱらいは弱・虫・だ。酔っぱらいは臆・病・者・だ。轢き逃げをした酔っぱらいどもは、残りの一生をずっと監獄で過ごせばいい!」(75ページ)。それならばまともな人間かといえば、決してそうではありません。いつも何かに腹を立てていて、どこへ行っても誰かと喧嘩をする。しかも欲しいと思えば家族の前であっても農場でオレンジを盗み、農場主に銃で追い払われる。さらに、浮気をして責められると妻を殴るし、あるときはわざとチナスキーを迷わせて捨てようとまでする。

 要するに酒を飲まないだけで、それ以外の面では他の誰よりもひどいのです。これではチナスキーも父親を尊敬することはできません。彼はだんだんと父親を嫌いになっていきました。それでも、父親が家族を愛してくれるなら話は別だったでしょう。しかし、「子供たちというのは目の届くところにいて黙っているのがいちばんだ」(14-15ページ)と考えている父親は特に愛情表現もしない。息子に対してただ命令し、怒鳴りつけるだけでした。

父親の苛烈な暴力

 やがて1929年の世界大恐怖が起こると、アメリカ国内でも多くの人々が職を失います。そしてチナスキーの父親もその一人でした。彼は牛乳配達の仕事をクビになり、行き場を失ってしまいます。もちろん新しい職はなかなか見つからず、一家は母親の低賃金の仕事で細々と支えられることになってしまうのです。

 そのとき父親はどうしたか。近所の人々への見栄から、仕事に通っているふりをすることにした彼は、毎朝決まった時間にどこかへ車で出かけ、夕方同じ時間に帰ってくるようになります。ふだんはできるだけガソリンを使わないように節約しているのにです。もちろんそのことを家族は知っていて、だからこそチナスキーは父親の嘘を見下しています。

 ですが父親には、権威を保つ秘策がありました。彼が失業する一年ほど前からの習慣なのですが、毎週末、チナスキーに庭の芝刈りをさせ、ほんの数本の芝を刈り残したといちゃもんをつけて、バスルームで息子を泣くまで革砥で叩きのめすのです。父親が尊敬されるには、暴力に頼るしかない。こうして日々繰り返される暴力は、他人には言うことができない、家庭内だけの父親の密かな楽しみとなるのです。

 初めて父親に鞭打ちの罰を受けたときのことはこう描写されています。「わたしは我慢して悲鳴をあげないようにした。悲鳴をあげれば父はやめるかもしれないことはわかっていたが、そのことがわかっているだけに、それに何とかしてわたしに悲鳴をあげさせようとしている父の魂胆もわかっているだけに、どうしてもそうすることはできなかった。一言も声をあげないわたしの目から涙が流れ落ちた」(48ページ)。父親は何とかして息子を精神的に屈服させたい。しかしそのことに気づいている息子は必死に抵抗する。それでも190センチ近い大男の父親と子どもですから、体格の差はどうしようもありません。

 それでは、チナスキーはこの暴力を止めさせるためにどうしたでしょうか。もちろん母親に訴えます。だが驚いたことに、母親は息子の味方を全くしないのです。「『こんなの間違っているよ』とわたしは母に訴えた。『どうしてぼくを助けてくれなかったの?』『父さんはいつも正しいのよ』と母が答える」(48ページ)。なぜ母親はこんな態度をとるのでしょうか。ニーリ・チェルコフスキーの『ブコウスキー 酔いどれ伝説』にはこんな説明があります。「母キャサリンが生まれそだったドイツの中流家庭では、それは一般的な慣例のひとつだった。家族において父親は絶対的な存在であり、子供たちは家長には無条件に服従しなければならなかった。夫に逆らうことは、妻にとってもタブーだった」(24ページ)。

 『くそったれ! 少年時代』に登場する母親もまた、ドイツの強烈な家父長制の中で育ったから、というのは、とりあえずの答えにはなるでしょう。しかしそれが主な原因ではないように思えます。なぜなら、本文にこんな記述があるからです。牛乳配達先の女性との浮気がバレた父親は、妻を殴りつけます。「やがて父が母を殴り始めた。母は悲鳴をあげるが、父はかまわず殴り続ける。わたしは窓から出て、玄関のドアから中に入ろうとした。鍵がかかっている。裏口にまわったり、窓を確かめたりした。すべて鍵がかかっている。わたしは裏庭に立ちつくして、殴打の音や悲鳴を聞いているしかなかった」(66ページ)。

 ドアや窓に鍵をかけ、近所の目を締め出して、彼は家庭という密室の中で妻を殴り続けます。おそらく、チナスキーが語っているこの一度だけではなく、父親は何度もこうした暴力を妻に対して繰り返していたのでしょう。ドイツ生まれということもあり、英語が完全ではない妻を、精神的にだけでなく肉体的にも支配する。このような状況下で、母親が父親に対抗して息子に味方できるわけがないのです。

 家庭内で全く味方のいないチナスキーは、ただ必死に不幸に耐え続けるしかありません。そしてこうした暴力は、家庭内では言葉にして語ることすら禁止されています。言い換えれば、両親の態度によって問題が否認されているのです。だから暴行直後の食事風景はこう描写されます。「彼はぞっとするほどいやらしい顔をしていて、突き出された唇は、脂でぎとぎと光り、満腹感にぬめっていた。何ごともなかったかのように、わたしを殴ったことなどなかったかのように、振る舞っている。自分の寝室に戻ってわたしはこう考えた。あいつらはわたしの両親なんかじゃなくて、わたしを養子にもらっただけに違いない。そしてわたしがこんなふうに育ったことが気にくわないのだ。」(50ページ)。

  家庭内にチナスキーの言葉を聞いてくれる人はいません。それでは外の人々はどうでしょうか。貧しい家庭で育ちつつある仲間は誰も似たり寄ったりの境遇で、とてもチナスキーの力になれそうもありません。そして学校の教師たちもまた、体育教師のワグナーのように、生徒たちを従わせようとして暴力的な言葉で怒鳴りつけるだけです。言い換えればチナスキーにとって、この世界はどこにも出口がないのです。

 その彼の気持ちはこんなふうに綴られています。「しかしすべてどうでもよかった。世界は父と革砥、そしてバスルームとわたしだけだ。父は剃刀を研ぐためにその革砥を使っている。毎朝早く、父が石鹸の泡で顔を真っ白にして鏡の前で髭を剃っているのを見るたび、彼に対する憎しみでいっぱいになった。やがて革砥の最初の一打ちがわたしを襲った。革砥は鈍くけたたましい音をたて、その音は痛みとほとんど同じほど我慢がならないものだった。また革砥がわたしに打ちつけられる。父は革砥を打ちつける機械と化している。まるで墓穴の中にいるような気分だ」(91-92ページ)。そして暴力は、チナスキーが成長し、肉体的に父親をしのぐまで何年も続けられます。

作者、ブコウスキーについて

 こうした作品を書いたチャールズ・ブコウスキーとはどういう人物なのでしょうか。彼はドイツに駐留していたアメリカ軍の兵士である父親とドイツ人の母親の息子として、1920年にドイツのアンデルナハで生まれました。もともと父親もドイツ系だったこともあり、家庭内では主にドイツ語を話していたようです。数年してアメリカ合衆国に移住し、ロサンゼルス近辺に一族は落ち着きました。1939年から短期間ロサンゼルス市立大学でジャーナリズムなどを学んだあと中退し、さまざまな職に就きながら短篇小説を書き、投稿し続けました。伝説的な編集者ウィット・バーネットの主宰する雑誌『ストーリー』に彼の短篇が初掲載されたのもこの頃(1944年)です。

 しかしながら、これをきっかけに作家として一直線に成功とはいきませんでした。彼が書いた作品はなかなか採用されず、一時期、彼は筆を折ってしまいます。その後、ロサンゼルスで郵便局に就職し、何年も配達や仕分けの仕事をこなしながら、詩やエッセイをアンダーグラウンドな雑誌などに書き続けるという生活を送ります。徐々にカルト的な作家としての人気を積み上げていったブコウスキーは49歳のとき、大きな転機を迎えます。

 友人のジョン・マーティンが彼の作品を出版するためにブラック・スパロウ・プレスという出版社を立ち上げ、毎月の給料までくれる、と言ってきたのです。実はそのころブコウスキーは、長期無断欠勤という理由で、郵便局から解雇通知を受け取っていました。そのことをマーティンに隠して、彼はブラック・スパロウ・プレスの専属の作家となり、次々と小説を書いていったのです。もっとも、この無謀とも思える転身には、ブコウスキーなりの勝算もありました。無頼派のイメージとは裏腹に倹約家の彼は、このとき数千ドルも定期預金を貯めており、特に大きな借金もありませんでした。その上、原稿などの文書類をカリフォルニア大学に売却するという話も進んでいたのです。

 1970年の年頭に自伝的小説である『郵便局』に取り掛かった彼は、たった3週間で書き上げ、1971年に刊行します。続いて 1975年には、大学を辞めた後の放浪時代を扱った『勝手に生きろ!』を出版します。そして満を持して1982年に、子どものころの苦痛な記憶を切々と綴った『くそったれ! 少年時代』を出すのです。こうして彼の人生をほぼ現在までたどる自伝三部作が完成しました。興味深いのは、これらが時間を遡る形で書かれていったことです。『郵便局』には、陰湿な監視を繰り広げる上司が出てきますし、『勝手に生きろ!』では、いったん実家に戻ったチナスキーが父親を殴り倒すシーンもあります。したがってテーマ的には一貫しているのですが、本当にブコウスキーにとって苦痛だった、父親からの子ども時代の暴力を描くには、12年もの歳月が必要だったのではないでしょうか。

文学との出会い

 さて、『くそったれ! 少年時代』に戻りましょう。チナスキーに対する父親の鞭打ちのシーンを読んでいると、アメリカ文学におけるあるジャンルの作品群を思い起こさざるをえません。それは、19世紀アメリカにおいて逃亡に成功した元奴隷たちが書いた、スレイヴ・ナラティブ(奴隷の体験記)です。黒人たちを家畜として扱い、暴力的支配を行ったアメリカ南部の奴隷主たちは、彼らにとっての「正義」の名のもとに、鞭打ちなどの暴力を奴隷たちに振るいながら、精神的に堕落していきます。中でも最も有名なフレデリック・ダグラスの自伝にはこんなことが書いてあります。

 そもそも奴隷たちは農場で起きていることを誰にも語ることができない。なぜなら、どこにスパイが潜んでいるかわからないからです。

 「一つにはこのような事実があるから、奴隷たちは、自分たちのおかれている状況や主人の性格について聞かれると、ほとんどきまって、満足しているし主人は親切な人だと言うのだ。奴隷所有主たちは、奴隷たちの状況に関する意見や考えを確かめるために、奴隷の間にスパイを送り込んでいる、ということが知られている。こういうことがたびたび起こるので、奴隷たちの間に、喋らないのが賢いこと、という処世法が生まれることになった。彼らは真実を語った結果に責任を負うよりも、むしろ真実を隠してしまうのだ。そしてそうすることで、自分たちが人間だということを証明するのである」(『数奇なる奴隷の半生 フレデリック・ダグラス自伝』41ページ)。

 しかも黒人たちに読み書きを教えることは法律で禁止されている。けれどもダグラスは奴隷主の目を盗んで、看板の字を見たり、仕事先の白人たちに聞いたりして、こっそり読み書き能力を身につけるのです。このようにして情報にアクセスできるようになった彼は自分がどういう状況に置かれているかを認識して一度は絶望する。それでも学ぶことを続け、やがてはアメリカを代表する知識人の一人となります。

 そして『くそったれ! 少年時代』におけるチナスキーにとっても、言葉の獲得が解放への道筋となりました。最初は偶然でした。土曜日にロサンゼルスにフーヴァー大統領がやってきて演説をすることになります。そこでその演説を聞きに行って感想文を書いてくるという課題が出されるのです。しかし土曜日にはチナスキーは毎週、芝草刈りをしたうえで父親に鞭打たれている。だから、学校の課題といえども聞きに行けるわけがない。仕方なくチナスキーは空想で作文を書きます。けれどもここで奇跡が起こります。クラスでも最優秀の作文に選ばれ、みんなの前でその文章が朗読されるのです。

 後で先生と二人きりになったとき、演説の場には行かなかったことを正直に告白したチナスキーに対して、先生は「だからこそあんなによく書けているのよ」(113ページ)と言い放ちます。この瞬間、チナスキーはフィクションの持つ力に目覚めるのです。孤独な彼はやがて、戦闘機パイロットのフォン・ヒムレン男爵の話を書いて、自分を慰めるようになります。「人には誰か相手が必要だ。自分のまわりに誰もいないのなら、誰かをでっちあげて、あ・た・か・も・実・在・す・る・人物のようにしてしまえばいい。それはまやかしでもなければ、ごまかしでもない。むしろその反対のほうが、まやかしでごまかしだ。彼のような男が身近にいることもなく、人生を生きていくことのほうが」(209ページ)。

 そして彼は公立の図書館で文学というジャンルの作品を発見します。最初はアプトン・シンクレアがシカゴの貧困層について書いた作品で、次はシンクレア・ルイスの『本町通り』、そしてD・H・ロレンスの作品群と、シャーウッド・アンダーソンです。さらに彼はヘミングウェイを見つけて熱狂しました。「彼の作品を読み、その魔術にすっかり心を預けてしまえば、自分の身に何が起ころうと、苦痛を少しも感じることなく、希望を持って生きていくことができた」(215ページ)。

 彼らの言葉に耳を傾けていれば、孤独を感じることもありません。「このわたしにしてみれば、どこからともなく自分の人生の中へと訪ねてきてくれたそうした作家たちこそが、さまざまなことを知る唯一の機会だった。わたしに話しかけてくれるのは彼らだけだった」(215ページ)。文学の言葉だけが自分に直接話しかけてくれる。そう感じるようになったチナスキーが、やがて作家を目指すようになったのは必然でしょう。

自分に言葉を与え直す

 大学に入ったあと、彼はタイプライターでこっそり短篇小説を書き始めます。もちろん、父親がそれを喜ぶわけがありません。周到に隠しておいたにもかかわらず、ある日、父親はチナスキーの書いた小説を発見してすべて読んでしまいます。そして激昂すると、タイプライターも、原稿も、服も、チナスキーの持ち物をすべて庭に投げ出し、「おまえを殺す」というのです。「まずは自分の原稿をかき集めることにした。原稿を捨てるとは、わたしに対する最も卑劣な仕打ちだった。それらは父に触れる権利のないもののうちの一つだ。原稿をどぶや芝生の上や道の上から一枚ずつ拾い集めているうちに、だんだん気分がよくなってきた。見つけられる限りのすべての原稿を集めて、スーツケースの中に入れ、重し代わりにその上に靴を置いた。それからタイプライターの救出に向かう。ケースから中身が出てしまっていたが、まだ使い物になるように思えた」(364ページ)。

 父親の暴力から自分の書いた原稿を守ること。それは、自分の心や体を守り、ひいては自分の人生を守ることにも繋がるでしょう。すなわち、チナスキーにとって書くこととは、自分自身として生きていくことを意味しているのです。考えてみれば、最初の自伝的小説『郵便局』を書き出してから、12年かかってようやく完成できた『くそったれ! 少年時代』を書くこと自体が、暴力的な父親によって言葉を奪われた子どものころの自分に言葉をあらためて与え直す、という作業になっているのでしょう。ブコウスキー自身がその作業を成し遂げるのに60代までかかってしまった、というところに、この家庭の闇の深さが感じられます。と同時に、人は何歳でも力強く生き直すことができるということを、ブコウスキーのこの自伝の試みは我々に教えてくれているのではないでしょうか。

 ブコウスキーの作品はどれも、飲酒や暴力に満ちています。でも読むたびに爽やかな、力づけられるような感覚を読者は与えられます。それは、徹底的に傷ついてしまった自分の魂を癒そうというブコウスキーの試みが、読者の心をも同時に救うからではないでしょうか。人が必死に生きようとしているとき、その姿は必ずや見る者をも勇気づける。そうやって人が発した声は時間や空間を超えて響き、聞く者を鼓舞するのです。長年にわたってブコウスキーの作品を訳しながら、僕は彼にずっと助けてもらってきた気がします。

(とこう こうじ・アメリカ文学、翻訳家)

参考文献

ハワード・スーンズ『ブコウスキー伝 飲んで書いて愛して』中川五郎訳、河出書房新社、2000年

フレデリック・ダグラス『数奇なる奴隷の半生 フレデリック・ダグラス自伝』岡田誠一訳、法政大学出版局、1993年

ニーリ・チェルコフスキー『ブコウスキー 酔いどれ伝説』山本安見・城山隆共訳、国書刊行会、1998年

チャールズ・ブコウスキー『郵便局』都甲幸治訳、光文社古典新訳文庫、2022年

チャールズ・ブコウスキー『くそったれ! 少年時代』中川五郎訳、河出文庫、2024年

チャールズ・ブコウスキー『勝手に生きろ!』都甲幸治訳、河出文庫、2024年

タグ

バックナンバー

著者略歴

  1. 都甲 幸治

    (トコウ コウジ)
    1969年生まれ。早稲田大学教授。専門はアメリカ文学。主な著書に『大人のための文学「再」入門』『教養としてのアメリカ短篇小説』、訳書にトニ・モリスン『暗闇に戯れて 白さと文学的想像力』、ブコウスキー『勝手に生きろ!』、デリーロ『ポイント・オメガ』など。

ランキング

  1. Event Calender(イベントカレンダー)
  2. 岩波書店 ポッドキャスト ほんのタネ

国民的な[国語+百科]辞典の最新版!

広辞苑 第七版(普通版)

広辞苑 第七版(普通版)

新村 出 編

詳しくはこちら

キーワードから探す

記事一覧

閉じる