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西洋美術史入門の決定版! 岩波新書『カラー版 名画を見る眼(Ⅰ・Ⅱ)』

スーラ「グランド・ジャット島の日曜日の午後」──静謐な詩情

 累計82万部、50年以上読み継がれてきた西洋美術史入門の大定番、高階秀爾『名画を見る眼』『続 名画を見る眼』のカラー版を刊行いたします。本書で紹介している名画からご紹介いたします。

>>『カラー版 名画を見る眼(Ⅰ・Ⅱ)』について

スーラ「グランド・ジャット島の日曜日の午後」
──静謐な詩情

スーラ「グランド・ジャット島の日曜日の午後」──静謐な詩情 01
スーラ「グランド・ジャット島の日曜日の午後」.油彩,カンヴァス,
207.6×308.0センチ,1884-86年,シカゴ美術館所蔵.

 真昼の静けさ

 大勢の人びとがひしめきあっている雑踏のなかで、ふと一瞬時間が止まったように感じられる一時がある。例えば、真昼の盛り場をあてもなく歩いていながら、ふと眼にとまった建物の上の空の青さに惹かれて思わず足を止めたような時、あるいは、海水浴客で賑わう夏の海辺に横たわり、暖かい陽ざしに半ばまどろみながら遠い少年の日の追憶に耽る時、──そのような時、周囲の喧噪けんそう)は消えて、眼の前の群集が、まるで厚いガラスを通して見た別の世界の出来事のように思われる。現実の日常生活はそこで突然歩みを止め、ちょうど映画のフィルムの一駒だけをクローズアップしたように、現実世界からすっぱり切り離された音も動きもない非現実的な世界のイメージが、われわれの心の底に焼きつけられるであろう。もしそのイメージに、明確な色と形を与えることができたとしたら、そこから生まれてくる結果は、個々の対象はすべて現実的なものを材料としながら、全体としておよそ非現実的な印象を与える不思議な作品となるに違いない。

 スーラの「グランド・ジャット島の日曜日の午後」を見てまずわれわれが感じるのは、そのような異様なまでの静止と静寂の印象である。

 描かれた題材そのものは、申し分なく現実的であると言える。グランド・ジャットの島は、パリからほんの一足ほどのセーヌ河の流れのなかにあって、特に夏の間は、パリジアンたちのうってつけの行楽地であった。人びとは、太陽の光と爽やかな空気を求めて、この小さな島に集まってきた。子供たちは犬のように草の上を走り廻り、若者たちは、水浴をはじめ、ボート、ヨット、カヌーなど、あらゆる種類の水上の遊びに耽り、そして老人や恋人たちは、気持ちのよい木蔭で、しばらくの休息の時を楽しんだ。それは、1880年代のパリに住んでいた者には、きわめて身近な、日常的な世界の一部であったはずである。

スーラ「アニエールの水浴」. 1884年,ロンドン,ナショナル・ギャラリー所蔵.
スーラ「アニエールの水浴」.
1884年,ロンドン,ナショナル・ギャラリー所蔵.

 1884年の夏、スーラは毎日のように朝早くからこのグランド・ジャット島に出かけて、人びとの姿や風景を丹念にスケッチした。パリに生まれ、パリに育ったスーラにとっては、もちろんそれはきわめて親しい情景であった。のみならず彼は、その前の年には、同じ場所を反対側から見る対岸のアニエールに通って、最初の大作「アニエールの水浴」(ロンドン、ナショナル・ギャラリー所蔵)を仕上げたばかりであった。彼が二番目の大作のために選んだこのグランド・ジャット島は、少なくとも彼にとっては、平凡な日常生活の一部に過ぎなかったに違いない。

 だがそれにしては、出来上がった作品は、不自然なほど現実離れしている。走り廻る子供や散歩する人びとなどいないわけではないが、ほとんどの人物は、立っている者も腰を下ろしている者も、まるで作りつけの人形のように黙って動かない。いや、画面の中央で日傘をさし、小さな女の子といっしょに散歩している婦人ですら、歩いているというよりも地面から生えているようであり、女の子の方はまるで小型の郵便箱を思わせる。

* * *

続きは本書でご覧ください。

岩波新書『カラー版 名画を見る眼Ⅱ──印象派からピカソまで』高階秀爾

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