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西洋美術史入門の決定版! 岩波新書『カラー版 名画を見る眼(Ⅰ・Ⅱ)』

マティス「大きな赤い室内」──単純化された色面

 累計82万部、50年以上読み継がれてきた西洋美術史入門の大定番、高階秀爾『名画を見る眼』『続 名画を見る眼』のカラー版を刊行いたします。本書で紹介している名画からご紹介いたします。

>>『カラー版 名画を見る眼(Ⅰ・Ⅱ)』について

マティス「大きな赤い室内」
──単純化された色面

マティス「大きな赤い室内」——単純化された色面
マティス「大きな赤い室内」.油彩,カンヴァス,
146.0×97.0センチ,1948年,パリ,ポンピドゥー・センター/国立近代美術館所蔵.

 赤に覆われた世界

 この作品は画面のほとんど全部が、燃えるような赤で塗りつぶされている。画面構成は比較的単純で、縦長のカンヴァスを縦横ほぼ等しい四つの区画に区切り、上半分には、壁にかけられたデッサンと油絵、下半分には丸いテーブルと四角いテーブルがそれぞれの区画のほぼ中央に置かれている。そして、下のそのふたつのテーブルを結びつけるような具合に中央に簡素な肘掛椅子があり、画面のいちばん下の端には、熊の皮の敷物の一部と猫が見える。

 したがって、ここに描き出されているのが、題名の示す通り、ひとつの「室内」であることには間違いない。実を言えば、この部屋は、マティスの設計した教会堂で有名なあの南フランスのヴァンスにあったマティス自身のアトリエの内部を描いたもので、椅子も、テーブルも、壁の絵も、皆そのアトリエに実際にあったものばかりである。事実、テーブルの上に置かれてあるさまざまの南国的な花や果物、またそのテーブル自身など、1946年から48年にかけてのマティスの作品にはしばしば登場してくるし、壁の上のふたつの絵は、左手のデッサンの方が「窓から棕櫚しゅろ)の樹の見える室内」、右手の油絵の方が「パイナップル」で、いずれもその頃マティス自身によって描かれたものである。すなわち、この画面に登場してくるさまざまのモティーフは、1948年にマティスがこの作品を描いていた時には、彼のすぐ身近にあって、マティスは絶えずそれらの物を眼にしていたはずである。その意味から言えば、この「大きな赤い室内」はきわめて「写実的」な作品であり、ゴーギャンの「イア・オラナ・マリア」や、ルソーの「眠るジプシー女」のような幻想の産物ではない。

 だが、それにしては、この「室内」は、いささか奇妙な印象を与える。第一にそこには、「室内」にふさわしい奥行きのある空間が見られないし、したがって第二に、そこに置かれてあるそれぞれの物の位置が明確ではない。そして第三に、この画面のほとんどの部分が、平坦な赤一色に塗られている。その結果、「写実的」という見地から眺めてみるなら、奇妙としか言いようのない画面が出来上がっているのである。

 まず、正面にふたつ並んでいる絵は、間に一本境界線がはいっていることから見て、同じ壁にかけられているものではないであろう。おそらく、それらは、お互いに直角をなすふたつの壁にそれぞれかけられていた(または貼られていた)ものに違いない。だがそれなら、少なくとも片方は、斜めに描かれるはずである。あるいはここで、自分の部屋という同じく「室内」を描き出したゴッホの「アルルの寝室」を思い出していただいてもよい。あのゴッホの作品は、決して正確な遠近法的表現を見せているわけではないが、それでも、正面の壁の絵は文字通り正面から見たように描かれていたのに対し、右手の壁の絵は、ともかくも遠近法の原理にしたがって斜めに描かれており、それによって空間の奥行きを表現していた。だがこのマティスの画面では、二点の絵がいずれも真正面から描かれている。中央の線が壁の隅の線だとすれば、これはまことに奇妙なことと言わなければならない。

* * *

続きは本書でご覧ください。

岩波新書『カラー版 名画を見る眼Ⅱ──印象派からピカソまで』高階秀爾

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