和菓子月ごよみ*神無月 柿の上生菓子
喜(き)いちゃんという子がいる。滑らかな皮膚と、鮮やかな眸(ひとみ)を持っているが、頬の色は発育の好い世間の子供のように冴々(さえざえ)としていない。
…それから三日経って、喜いちゃんは大きな赤い柿を一つ持って、また裏へ出た。すると与吉が例の通り崖下へ寄って来た。喜いちゃんは生け垣の間から赤い柿を出して、これ上げようかといった。与吉は下から柿を睨(にら)めながら、なんでえ、なんでえ、そんなもの要(い)らねえやと凝(じっ)と動かずにいる。
(夏目漱石『永日小品』「柿」より)
銀行員の息子の喜いちゃんと、大工の倅(せがれ)の世吉。柿をめぐる、ほほえましい対決の結果やいかに?
上生菓子・柿(浅草・梅園)
菓子でも鮮やかな色合いの熟柿(じゅくし)がよくかたどられる。俳味も漂っており、「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」(子規)などの名句が思い浮かぶ。菓銘には「熟柿」ほか、「木守」(きまもり)や「照日」(てるひ)などがある。「木守」は、柿を一個だけ残し、熟させ、来年もよく実るようにと木を守らせる風習にちなむ。
(中山圭子『事典 和菓子の世界 増補改訂版』より)