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tanemaki diary

tanemaki diary*使うか、使わないか。

 3/30の tanemaki diary をお読みになっていて「あれ?」と思われた方がいらっしゃるかもしれません。
 本文中に「押しも押されぬ〈古文〉なのですが、…」とありますが、この「押しも押されぬ」、本来は「押しも押されもせぬ」ということばです。
 
 今年1月に10年ぶりに改訂となった『広辞苑第七版』。どんなことばが加わったのか、どんなことばが削除されたのか、ということについては本当にたくさんの方々に興味を持って頂きました。特に新しいことばが採用される基準については、広辞苑の編集責任者があちこちのメディアから必ずといっていいほど質問を受けていました。
 『広辞苑』では、そのことばが〈定着〉しているのかどうかを編集部でじっくり議論し、採否を決めています。新語だけではなく、時代とともにかわっていく表現・意味についても検討されます。
 たとえば、「確信犯」。よくクイズなどで「正しい意味は?」と出てくることばです。『広辞苑』を引くと「①道徳的・宗教的または政治的確信に基づいて行われる犯罪」ですが、これは現在よく別の意味でも使われているのにお気づきかと思います。「俗に、それが悪いことと知りつつ、あえて行う行為」というむしろおなじみの意味が『広辞苑』では②として載っています。
 昨年、10代~70代の日本人1000人を対象に小社が行った「日本語力調査」では、「確信犯」の意味として①を選んだ人が18.7%、②は58.9%でした。②の意味はすでに『広辞苑第六版』にも載っていますが、これも〈定着〉した、という例といえるかもしれません。
 
 さて、では「押しも押されぬ」はどうでしょう。「やむにやまれぬ」との混用と言われているこの言い方、「押しも押されもしない」と正確に現代語訳にして使う場合もありますが、一般的には50%ほどの人が新しい言い方を使っているという調査もあります。
 「押しも押されもせぬ」しか載っていない『広辞苑』の編集責任者に、(身内の特権としてさっそく)質問してみたところ、「最近はこのような言い方が増えているので誤用と切り捨てることはできない。しかし、違和感を持つ人もまだ少なくなさそう。新語形の採用には比較的慎重な『広辞苑』としてはまだ踏み込みまない」というクリアな答えが返ってきました。
 
 テストやアナウンサーや校閲の現場では「正しいか誤っているか」の判断がなされるのは当然です。
 一方で、日常の場面で使うときには、「違和感があるかどうか」もひとつの基準になるかもしれません。「この言い方、いやだなあ」「人にいやな思いをさせそう」と思ったら使わないですし、「うーん、ちょっとくだけてるけど、このくらいなら使いやすいし…」なら「確信犯」的に使ってもいいのでは、とも。
 生きて動いて変わっていくことばとつきあうのは、悩ましくまた楽しいものだと思います。
 
 
 
 

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  1. 「たねをまく」編集室

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