旅よみ~ウポポイ 『アイヌ神謡集』を携えて*tanemaki diary
なかなか旅に出られない日々が続いていましたが、すこしずつ注意しながら遠出もできるようになりました。本を開いて、立ち上がってくる文字から、かなたの地やはるかな時間に思いを馳せるのももちろん読書の醍醐味です。もうひとつ、旅へ本を連れて行く「現地読み」にも捨てがたい魅力があります。
札幌から特急で1時間。白老(しらおい)駅から10分ほど歩いたところにウポポイ(民族共生象徴空間)があります。
ポロト湖のほとりに2020年に公開されたこの施設には、国立アイヌ民族資料館、アイヌの集落を再現した伝統的コタン、イベントの行われる体験交流ホールや工房など、さらに少し離れていますが慰霊施設があります。
博物館の入り口から建物内へ、2階ロビーへ上がると……。
ポロト湖を見渡せるロビーからは、息をのむ絶景がひろがります。
施設内の第一言語はアイヌ語。サインボードや展示物の解説は、アイヌ語、日本語、英語、ハングル、中国語(簡体字・繁体字)で表示されています。
今回の旅のおともは『アイヌ神謡集』。
岩波文庫には1978年に収録されました。本文はカタカナではなく、見開きの左ページにアルファベット表記のアイヌ語、右ページに知里幸恵さんの訳を掲載。
博物館には1923年に出版された郷土研究社版が展示されています。
館内ではアイヌの文化と歴史を、ともにじっくり知ることができます。入館は予約制で、1時間ほどかけてゆっくり展示を回ったあとは、外へ。
大きな空の下、山のふもとに再現されたコタンエリア。
アイヌの生命観は「よい」循環。たとえば天に住むクマのカムイは、クマの姿で山に下りてきて、行いのよい人間に毛皮や肉などの恵みを与えてくれます。そして人間が感謝をこめてその霊魂を祭ることで、クマのカムイはお供え物をたくさん持って天に帰り、仲間たちに「こんなにもてなしてもらったよ」と話し、仲間に尊敬されます。そしてまた別のクマのカムイが人里に降りてくる、というものです。この循環は、人間にとってもクマにとっても「よいこと」であるというのが、アイヌの考え方だそうです。
住居の横には、クマを飼う檻もあります。仔コグマは大切にここで1、2年育てられ、カムイの世界へ霊魂を送り返す儀式イヨマンテが行われます。
『アイヌ神謡集』には「梟の神が自ら歌った謡 コンクワ」という歌が載っています。人間が飢饉に見舞われたのは、魚や鹿を粗末に扱い、その神を怒らせてしまったからで、梟が夢の中で人間に諭します。そこで人間たちは反省して、
幣(ぬさ)の様に魚をとる道具を美しく作りそれで魚をとる。鹿をとったときには、鹿の頭もきれいに飾って祭るそれで魚たちはよろこんで美しい御幣(ごへい)をくわえて魚の神のもとに行き鹿たちはよろこんで新しく月代(さかやき)をして鹿の神のもとに立ち帰るそれを鹿の神や魚の神はよろこんで沢山、魚を出し、沢山、鹿を出した
こうして人間たちはひもじさから解放されます。梟の神はこれを見届けて天国にかえっていきました。
湖畔に立って、大空と山と住まいを見ていると、あそこにカムイが住んでいる、そしてクマや鹿になって山に下りてきたり、魚になって湖に降りてきたりして人間のもとにやってくる、ということがまさに身体で感じられます。
あらゆる生物と自然に敬意と感謝を持つアイヌの文化を知ることで、食事のときの「いただきます」「ごちそうさま」がさらに深くなった気がしました。
施設内のレストランでは、アイヌ文化を生かしたメニューも楽しめます。鹿肉のカツカレーや羊肉などもありますが、旅行中の食べ過ぎに疲れたらこちらがおすすめ。
アイヌ風のポトフ「オハウ」。野菜がごろごろ入っていて、鮭か厚揚げを選べます。ボリュームもたっぷり。きびごはんも野草茶も、ほっとする味でした。
また扇形の客席の体験交流ホールでは、各地のアイヌの伝統的な歌や踊り、語りのプログラムが用意されています。
この日は、「フッタレ チュイ」というトドマツの踊りが印象的でした。風にゆれるトドマツの様子を、女性の踊り手たちが髪をゆらしながら表します。
博物館と野外施設を見た後は、湖畔の草地で本を広げてのんびり。『アイヌ神謡集』の原文を、たどたどしく音読してみたくなりました。
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今回は新幹線で北海道入りしました。新幹線は絶好の読書ルーム。うとうとするころに青函トンネルにさしかかりますが、これを抜ければ北の大地!と毎回わくわくします。
次はどの新幹線で、どんな本をもって出かけましょうか。