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3.11を心に刻んで

くどう れいん「白くておおきなスクリーン」

「俺は立ぢ直らねえよ。……絶対に立ぢ直らねえ!」

(NHK連続テレビ小説「おかえりモネ」第8週 第39回(2021年7月8日放送)「それでも海は」、及川新次(浅野忠信)の台詞)

*  *

 「胸の中にこんなにも本当のひどいことがありありとしているのに、どうしてわざわざフィクションで震災のことなんか作る必要があるんだろう。何回見なきゃいけないんだろうね」

 大学の同期が言ったことを、いまでも覚えている。震災学習の一環で、実際の映像を織り交ぜた被災の現状を伝える映画のようなものを見た。大きなスクリーンだった。教授は「辛いひとはいま退席してください、欠席扱いにしないので」と言いながら動画を流す用意をした。デリカシーのない教授だったが、本当にデリカシーがないんだな、とあきれた。いま立ち上がった人は「辛いひと」として目立ってしまうではないか。どう考えても「辛いひと」ではない、さぼり癖のあるだぼだぼしたズボンをはいている男子学生が3人、へへへ、そんじゃ、という顔で退席した。わたしは隣の席の彼女に「大丈夫?」と小さく聞いた。「大丈夫」と彼女は言った。まだ何も流れていない真っ白なスクリーンをじっと見つめたまま。

 津波の映像が流れると、わたしは目をつむりたくなって、でも、目を瞑るのは失礼なんじゃないか、とも思って、そっと彼女の方を見た。彼女はスクリーンの中の波に再び押し流される彼女の街を、じっと見つめ続けていた。大粒の涙をこぼしながら、真顔だった。すべて見終わった後、彼女は「胸の中にこんなにも本当のひどいことがありありとしているのに、どうしてわざわざフィクションで震災のことなんか作る必要があるんだろう。何回見なきゃいけないんだろうね」と言ってそっと笑った。「震災の物語を作れる人は胸の中に『こんなにも本当のひどいことがありありと』していない」と言われたような気がした。それから5年して、「震災の物語なんて必要がない」と思うような経験をした人と、震災が物語のように感じられるまま胸の中から消えかけている人。その間でどういう顔をしたらいいのかわからない自分のために、わたしは小説を書いた。

 はじめて朝ドラを毎日欠かさず見ている。その物語の中でも東日本大震災が起きた。浅野忠信演じる、妻を亡くした登場人物が「俺は立ぢ直らねえよ。……絶対に立ぢ直らねえ!」と言ったとき、その表情に彼女の横顔を思い出した。普段そう言わないだけで、「俺は……絶対に立ぢ直らねえ!」と思っている人がたくさんいるということを小説を書くために取材をして知った。だぼだぼしたズボンをはいていたあの日の男子学生でさえ「辛いひと」だったのかもしれないのに、と、今は思う。

 

 
(くどう れいん・作家)
 
 
岩波書店編集部編 2021年3月刊
A5判 ・ 並製 ・ 108頁 定価 880円

「3. 11を心に刻んで」は、2011年3月の大震災を忘れず考え続ける場として、同年5月にスタート。
以降、300名を超える筆者により岩波書店のHP上で書き継がれてきたWEB連載です。
(現在は隔月で「web岩波 たねをまく」で連載継続中
連載は単行本『3.11を心に刻んで』(品切)と9冊の岩波ブックレットにまとまっています。
 震災に思いを寄せて綴られた言葉の数々にふれていただければ幸いです。

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