島田 誠 「人災」を生まないために
私にとっての三六(さぶろく)災害は、豪雨による天災と残土による人災だと思っています。
(2022年、長野県飯島町の松下寿雄さんの言葉)
トンネル掘削をはじめ建設工事で出る土を「建設残土」と呼びます。1961(昭和36)年、長野県南部の伊那谷に大きな被害をもたらした豪雨災害「三六災害」で、松下さんが当時暮らしていた中川村の自宅は、土砂に埋まりました。発電所のトンネル水路工事で出た残土を谷に埋めた場所が、崩壊したのだそうです。
信濃毎日新聞社(本社・長野市)の私たち取材班は昨年、リニア中央新幹線計画による光と影を地方の視点から描く長期連載「土の声を 『国策民営』リニアの現場から」に取り組みました。平らな土地が少ない山国の信州で、トンネル工事で出る残土の処分先はなかなか決まらず、土砂災害の恐れのある沢や谷が、残土を埋める候補地になる事例も多くありました。
そうした実態を報じたところ、松下さんはご自身の経験をファクスで寄せてくれました。「いま各地で残土の処分が問題になっていますが、慎重の上にも慎重にやってほしい」。静岡県熱海市で2021年に盛り土が崩落した大規模土石流にも触れながら、処分先の決定や安全対策に念を入れるよう、提言いただきました。
災害や事故は年月とともに忘れられていきます。しかし、苦い経験から得られた教訓は、後世に生かしていかなければなりません。それは62年前の三六災害も、発生から12年が経った東日本大震災も同じでしょう。
昨年、政府は原発回帰へと方針を転じました。東京電力福島第1原発の事故後、政府が長期的な脱原発を打ち出したのは、多くの国民の意思を反映していたはずです。ウクライナ戦争に伴うエネルギー不安などが回帰の理由とされましたが、国民を巻き込んだ議論はありませんでした。
三大都市圏を1時間余で結ぶリニアも、新幹線より大きな電力を消費することから原発との関連が取り沙汰されてきました。残土の処分先の確保や処分後の長期的な安全管理の課題は解消されておらず、南アルプスを貫くトンネル工事では水や自然への影響が強く懸念されています。
「人災」を生まないために。考え、議論する材料を、取材を通じて社会に提供していきたいと考えています。
(現在は隔月で「web岩波 たねをまく」で連載継続中)