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3.11を心に刻んで

津田大介 二つの時間幅で揺さぶられる被災地

大きな時間幅でものごとを考えている人たちにとっては、東日本大震災は現在の日本の社会の限界を示す出来事であった。〔中略〕ところが短い時間幅でものごとを考える人たちにとっては、復興は「災害処理」にすぎないのであって、時間がたてばたちまち記憶は風化していく。

(内山節『復興と時間意識』ポリタス、2015年3月20日)

*  *

 東日本大震災や熊本地震と比べて被災地を語る言葉や「空気」があまりにも違う──能登半島地震発災後の1カ月あまりは戸惑うことの連続だった。

 顕著な例は二つ。一つは、ボランティアを巡る言説の変化だ。今回の能登半島地震は半島というもともとの地理的要因と、直下型地震による道路の寸断とが重なり、被害の大きい奥能登地域に入ることが極めて困難であった。石川県と政府は緊急車両以外で現地に入ることの自粛を求め、SNSでも告知した。発災から72時間は災害救助や生命維持に必要な物資搬入を優先すべきことは大原則である。SNS上では被災地入りする者を「審判する」多数の声であふれ、72時間が経過したあとも現地入りするボランティアを責める脊髄反射的な言説が根強く見られた。実のところ、内閣府は2012年にまとめた「防災ボランティア活動に関する論点集」で、「災害発生直後、被災地に行くことを抑制するメッセージが多方面から発信されたことで地域外からのボランティア活動の出足が鈍った」ことを、災害時のボランティア活動の課題の一つとしてあげている。東日本大震災から13年、災害対応にあたる人員も、SNSのユーザーも代替わりが進んだことで、記憶や教訓は継承されず、より課題は深刻化した形だ。
 
 もう一つは、まだ被害の全容もつかめていない段階で、人口の少ない集落から住民を「集団移住」させることを薦める発言が一部の政治家やワイドショーで見られたことだ。東日本大震災では、集落ごと高台に移転した地区は300を超え、1000人規模の集団移転を実現した宮城県岩沼市のような実例がある。ただ、それらの多くは住民やコミュニティーの声を聞き、数年かけて住民が主体的に選択したものだ。三宅島噴火の際の全島避難並に緊急性が高いならばそれを引き合いに出すはずだが、それはなかった。今回の「集団移住」論は、経済合理性からの必然論が中心で、住民の意思が後景化されている。
 
 なぜこの13年で震災を巡る言説が「単純化」したのか。哲学者の内山節が2015年に記した論考によると、近年日本社会の至るところで顕在化している「分断」の要因は、イデオロギーの対立ではなく、時間意識──どのような時間幅でものごとを考えているかの違いにあるという。
 
 大きな時間幅でものごとを考えている人たちにとって復興とは「単なる回復ではなく、いまの社会の限界を超えようとする共創的試み」であるが、短い時間幅──短期的利益でものごとを考えている人にとっては復興は単なる「災害処理」にすぎない。この相違こそが「今日の日本を覆っている病理」であると内山は喝破している。
 
 1月初旬と中旬に珠洲市を取材して強く印象に残ったのは、あれだけ苛烈なボランティアバッシングがあったにもかかわらず、現地にはその時点で30ものNPO・NGO団体が入って彼らが貴重な役割を果たしていたことだ。その多くは阪神・淡路、東北、熊本の震災がきっかけで生まれた災害支援団体──ボランティアだ(現地に入ったNPO関係者のトップに話を聞いたところ、そのNPOは東日本大震災以降、さまざまな地域で災害支援の実績を積み重ねてきたにも関わらず、今回は初めてネットでバッシングされ、それを理由とした毎月の寄付会員の解約などもあったそうで、驚くとともにとても戸惑ったという)。
 
 自分たちの経験を次の震災発生時に生かすというのは、大きな時間幅で考えなければできないことである。目の前の仕事に忙殺され、とかく短い時間幅で考えがちな我々メディアの人間も、襟を正して向き合わなければいけない。

 

(つだ だいすけ・ジャーナリスト)
 
 
岩波書店編集部編 2021年3月刊
A5判 ・ 並製 ・ 108頁 定価 880円

「3. 11を心に刻んで」は、2011年3月の大震災を忘れず考え続ける場として、同年5月にスタート。
以降、300名を超える筆者により岩波書店のHP上で書き継がれてきたWEB連載です。
(現在は隔月で「web岩波 たねをまく」で連載継続中
連載は単行本『3.11を心に刻んで』(品切)と9冊の岩波ブックレットにまとまっています。
 震災に思いを寄せて綴られた言葉の数々にふれていただければ幸いです。

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