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3.11を心に刻んで

島尾伸三 恐っがね

「そんなもんに驚かさっち」

(2020年、福島県南相馬市小高区大井に住む島尾昌子さんのことば)

*  *

 昔は囲炉裏のあった部屋はいつだってテレビが付けっ放しで、火燵こたつに足を入れてお茶菓子をくわえながら雑談をし、やがて居眠りをするのが、小高へ行く楽しみのひとつです。
 ぼくのおとうさん(島尾敏雄)は、学生時代の夏休みには両親の田舎で過ごすのが常で、小高川の横の貴船神社の向かいにあった伯母の井戸川商店を ねぐらに小高の夏を満喫していたようです。
 ぼくは、祖父の生まれた大井の島尾に行くようにしています。そこには今も昌子さん(またいとこの奥さん)が住んでいます。 「トショ(敏雄)様のリヤカーに乗せちもらって、泳ぎに行ったわよー」「海さ行くと変な魚がいたもんだ」と、当時子どもだったおじさんやおばさんが話していたっけ。「なーに、昔は訳の分からない事が多かったんだから」。
 いや、最近の出来事の方がもっと不思議で訳がわかりません。
 それは2011年3月のことなのですが、昌子さんたちが、原町火力発電所の敷地内の草取りのアルバイトをしている時、地面がすごく揺れて、地面に倒れながら「この分だと、東京はもう全滅だ」と思ったんだって。
 「逃げろ! 逃げろ!」「上さ逃げろ!」って叫ぶ声で、高台へ逃げて腰をおろしていると、「海の水が高い壁になって、やって来たわよ」。海の水は足の真下までやって来て、眼下の何もかも呑み込んでいった様子は、「若い時に見た映画みたいだったんだから」。『十戒』という映画でモーゼが海の水を割ってエジプト軍から逃れるシーンそっくりだったのだそうです。話がここへ来ると昌子さんは両手をあげて海が割れる様子の説明に力が入ります。ぼくも登久子さん(妻です)も、笑い転げます。
 急いで車で家に帰って浮舟文化会館へ避難していると、「逃げろ! 逃げろ! すぐ逃げろっ!」って急かされて、「爆発したらしんだけど」様子が解らないまま、「そんなもんに驚かさっち」、その時から体育館や自家用車の中で何日も凍えて、あて所も無く彷徨さまよ、ようやく山の中にあった山形県の雪に埋もれた少年自然の家にたどり着いて、「その時に、伸三さんたちが私ら探し当ててきたんだよー」。
 町も村も集落も畑や田んぼも流され、人も消えて、それからというもの、生き延びたぼくの小高の親戚は、目に見えない恐ろしいものから逃れて山形や埼玉などに散り散りばらばらになりました。
 その時以来、役場の職員たちは錯綜する命令に翻弄され、住民の信頼を失い、失望の中で生きねばならなくなったのです。生き延びたって、高齢者ばかりが残された村で、寂しくなるばかりです。それでも、最初の頃は集まっては笑って過ごせる時期もあったんだけど、寿命よりも早く命を縮めたり、「もう駄目だなんて、思ったんだねえ」、連れ合いの眠る墓石の前で、眠るように死んでいたりする人もいたんだって。
 小高駅前に設置されていた放射線量を知らせる機械も2015年春には片付けられ、ぼくは怪しいなあと思っちゃうんだけど、この辺りでは米を作る実験も諦めざるを得なくなって、出来た作物や果物だって知り合いに分けることがはばかられるし、等々、「楽しくないなあ」。
 若松丈太郎先生は2021年4月21日に他界なされたけれど、原子力発電所の計画が始まった時から疑問の声をあげていて、チェルノブイリまで実地検分に出かけ、そこで放射能を浴びたので頭が禿げ上がったって冗談をおっしゃっていた。ぼくは先生を “憤怒の詩人” って思っている。
 先生夫婦を交えて2013年2月21日に 原町の料亭「新月」での夕食会で、「おとうさん、久し振りに笑った」と奥さんが喜んだけれど、みんな久し振りに思い切り笑った、いや〜、楽しかった。
 あの時に集まった何人がもう一度集まれるのだろうか。人間のいなくなった野山は数年後からは自然がはびこり、田んぼは林のように木々が根を張り、白鳥がたくさん渡ってくるようになり、子どもの遊び場で大きな図体で気持ち悪い鳴き声を振りまいて騒ぎます。
 「おとうちゃんは、こんな事になる前に死んで良かったんでないの」って、震災前に夫を失っている昌子さんは、何カ所も避難先を点々とした後は、大井の丘の上で、天保の大飢饉にも逃げ出さないで先祖が守り通した家と墓を、たった一人で守ってます。
 ぼくだって、大井へ墓参りに行くのは年に一度も無くなった、だって「っがねもん」。

 

 
(しまお しんぞう・写真家、作家)
 
 
岩波書店編集部編 2021年3月刊
A5判 ・ 並製 ・ 108頁 定価 880円

「3. 11を心に刻んで」は、2011年3月の大震災を忘れず考え続ける場として、同年5月にスタート。
以降、300名を超える筆者により岩波書店のHP上で書き継がれてきたWEB連載です。
(現在は隔月で「web岩波 たねをまく」で連載継続中
連載は単行本『3.11を心に刻んで』(品切)と9冊の岩波ブックレットにまとまっています。
 震災に思いを寄せて綴られた言葉の数々にふれていただければ幸いです。

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