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3.11を心に刻んで

春風亭柳枝 3.11から「チャリ亭」へ

芸人は災害に対して無力である。

(さだまさしさんのコンサートにおける言葉)

*  *

 敬愛するさだまさしさんは、自分の歌が被災直後の段階では、被災された方々には届かないことを、東日本大震災において痛感したそうです。だからこそ、歌を届けられるかぎり被災地を応援するんだ、とおっしゃっています。
 
 落語を知るきっかけになった中学校の恩師が、さださんと同じ国学院高校の落研の後輩というご縁もあり、今や私はただのファンではなく、すっかり可愛がっていただいている子分のような存在です。エンターテイナーとして一流なのはもちろん、さださんを人として尊敬しています。慈善活動への取り組み方は、まさに私が目標とする姿そのものです。
 
 東日本大震災発生時、私は二ツ目昇進から1年あまりでした。つまり、まだ半人前。キャンセルになる仕事もありましたが、仕事がなくなる困惑よりも、日本自体がどこへ行くのだろうという不安の方が大きかった気がします。半年ほどして私も被災地にボランティアで落語公演に行きましたが、その際感じたのは、まさに冒頭のさださんの言葉通りのことでした。落語を聴いてもらうには時期尚早。
 
 被災者の皆様は笑ってくれました。公演そのものが失敗だったとは決して思いません。エンターテイメントは大きな心の支えになるはず。ただし、それはもっと後の話です。その後しばらく私にできるのは、寄付と祈ることだけでした。落語を心置きなく聴いてもらえる日が来ることを願うしか、あの震災時にはできなかったのです。無力感に苛まれました。
 
 そして今年元日の能登半島地震。私は3年前に真打に昇進し「春風亭柳枝」の九代目を襲名していました。若手真打ではありますが、二ツ目の頃とは立場が違います。今なら動ける、とチャリティの落語会を発案しました。その名も「チャリ亭」! 木戸銭をそのまま被災地支援に使ってもらうという企画。出演者たちは、もちろんノーギャラで、お客さんたちに対してチャリティオークションや募金活動も行おうという落語会です。
 
 当初、若手噺家の急な思いつきに、どこまで協力してくれるかと不安でした。しかし、結果的には60人を超える芸人仲間が出演を快諾してくれました。そして、東京のらくごカフェ、赤坂会館、高田馬場ばばん場といった会場が、無償貸し出しを申し出てくれたのです。
 
 その甲斐あって、1月中旬から4月までの計18公演で600万円を超える義援金を集めることができました。皆さんの篤志に心打たれ、演芸界は温かい世界だなと嬉しくなりました。
 
 今回の「チャリ亭」では、私自身が東日本大震災時に感じた無力感を払拭できた気がします。芸人は災害に対して無力である、しかしいずれ必ず役に立てる日が来る。それまで私たちは、被災地に思いを馳せることを忘れてはならない ── 6月3日早朝に能登地方を震源とする地震がまた起きたことにも接し、これを改めて肝に銘じた次第です。

 

(しゅんぷうてい りゅうし・落語家)
 
 
岩波書店編集部編 2021年3月刊
A5判 ・ 並製 ・ 108頁 定価 880円

「3. 11を心に刻んで」は、2011年3月の大震災を忘れず考え続ける場として、同年5月にスタート。
以降、300名を超える筆者により岩波書店のHP上で書き継がれてきたWEB連載です。
(現在は3カ月に1度「web岩波 たねをまく」で連載継続中
連載は単行本『3.11を心に刻んで』(品切)と9冊の岩波ブックレットにまとまっています。
 震災に思いを寄せて綴られた言葉の数々にふれていただければ幸いです。

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