田中純『デヴィッド・ボウイ』〈著者からのメッセージ〉
変幻する歌声の秘密
ポピュラー音楽のみならず、過去半世紀の文化全般に大きな影響を残したデヴィッド・ボウイの代表曲に〈「英雄たち(ヒーローズ)」〉があります。この歌では、「ぼくらは何ものでもない(We're nothing)」といったように、nothing という言葉が多用されています。本書副題にある「無(ナシング)」は、ボウイの作品全体の鍵となる概念です。
この書物でわたしは、ボウイの楽曲を年代順に考察してゆくことにより、自分が長年魅せられてきた彼の作品世界、とくにその変幻する歌声の秘密に迫りたいと思いました。本書はまた、拙著『政治の美学』所収のボウイ論を発展させ、ロックンロールを通じてボウイが体現した独特な政治性を論じています。
ボウイの作品内で「無(ナシング)」が帯びる色気とその背後の文学的伝統など、彼の歌声の官能性と楽曲が宿す思想の両面を、いわば歌うように論じることを目指した本書が、ボウイと読者とのあらたな出会いの場になることを願っています。
(たなか じゅん/東京大学教授)