石村博子『ピㇼカ チカッポ(美しい鳥) 知里幸恵と『アイヌ神謡集』』<著者からのメッセージ>
100年後の今、幸恵の新たな魂の物語が始まる
1922年5月11日、知里幸恵は東京へ向かうため、室蘭港から船の人となりました。
「室蘭の町が船の直後になったり右手に見えたり左手になったり、グルーッとまはって大黒島とか云ふ灯台のある島のそばを通ったころは……」は、幸恵が見た北海道最後の光景です。
『アイヌ神謡集』の浄書を終え、あとは東京で出版の日に備えようと、この時の幸恵は目も耳も心もいっぱいに開いていました。
山ほどもあるアイヌの昔話、神謡、英雄叙事詩……、宝物のそれらが私達アイヌと共になくなってしまうのは本当に悲しく惜しいこと、カムイユカㇻを筆録し、和訳するのを使命としました。上京して4カ月後、民族の原郷を写す作業を終えた夜「ああ、これで全部済みました」と、19歳で天へと還っていきます。
遺された『アイヌ神謡集』には、未来に向けた魂の闘いが込められています。一度は忘れ去られた幸恵の魂は、受け止める人々の出現を静かに待ち続けていました。
100年後の今、幸恵が遺した物語を新たに始め、受け継ぐときが来たようです。
(いしむら ひろこ/ノンフィクションライター)