井上文則『軍と兵士のローマ帝国』<著者からのメッセージ>
史家の務め
本書執筆の依頼を受けたのは、2021年2月のことでした。その翌年からはウクライナ戦争のニュースを聞きながら、複雑な思いでローマ帝国の軍と兵士についての原稿を書くことになりました。しかし、本書では現実の世界情勢には一切触れていません。
東洋史学者の宮崎市定が『科挙』を著した時代は受験戦争の只中でしたが、宮崎はあえてその処方箋を提案するような態度はとらなかったと言っています。「私の任務は過去の事実の中から最も大切だと思われる部分をぬき出して、できるだけ客観的に世間に紹介するにある」と考えていたからです。宮崎の言葉に、私は支えられていました。
本書で紹介したローマ帝国は、軍事国家としての姿でした。古代において異例の大規模な職業軍人から成る軍隊を保有し、その軍隊に翻弄されたのがローマ帝国だったのです。そして、その歴史をユーラシア史の展開の中に位置づけようと試みています。
(いのうえ ふみのり/古代ローマ史研究)